11期・16冊目 『降霊会の夜』

降霊会の夜

降霊会の夜

内容(「BOOK」データベースより)

罪がない、とおっしゃるのですか―死者と生者が語り合う禁忌に魅入られた男が見たものとは…。至高の恋愛小説であり、第一級の戦争文学であり、極めつきの現代怪異譚。

激しい雷雨の夜、別荘地の庭先に迷い込んで震えていた女を家にあげた「私」。
女は梓と名乗り、歴史ある関西の神道の血筋だという。
お礼に近辺に住む英国出身の著名な降霊師を紹介して「私」の中にある大きな悩みを解消する手伝いをしたいと申し出ます。
霊の類はあまり信じない「私」であったが、せっかくだからと誘いに乗って、翌日そのミセス・ジョーンズの家を訪ねるのでした。


前半は主人公の小学生時代。世はオリンピックによる景気に湧いていた昭和30年代。
主人公の父は戦後のヤミ市から始めた商売が軌道に乗って企業を経営。当時高額だったテレビを買うなど家は裕福でした。
そんな時に転校生として引っ越して来た清とは同じ学校から離れた者同士ということで通学路を共にします。
しかし母は娼婦上がりのヨイトマケ*1、父はギャンブル狂いの上に息子を使った当たり屋の過去があるという清。小学生の主人公が受け止めるには重すぎる背景があったのでした。


そして後半は大学に進むも学園闘争によるロックアウトにより、校舎に入れず日々遊び呆けていた主人公たち。
ある夜のダンスパーティにて百合子という少女に出会い、付き合うようになったのですが、働きながら定時制高校に通う彼女は主人公たちのグループにとっては異質な存在でした。
親友の女性との別離の後、突然の気まぐれで百合子と別れるも、主人公の心の中ではずっと忘れられない存在となっていたのでした。


若かりし頃の「私」が辿ってきた時代背景、そしてその周囲の人間がどのように関わって、どんな思いをして生きて、そして死んでしまったのか。
そのあたりは著者得意の抒情溢れる描写と、まるでその話しぶりが浮かび上がってくるような感情たっぷりの一人語りによって惹きこませます。
前半は時代に翻弄された親子三人の霊が次々と登場し、「私」が知りえなかった大人の事情や歪んだ愛情が知られるあたりは何とも言えないやるせなさを感じます。
戦争で死ぬほど悲惨な体験をしても、生き残り新しい人生を切り開いていった多くの人が戦後日本の立て直しに役立ったわけで、その反面いつまでも引きずったままろくでもない生活を送る清の父を責めるのは簡単です。
しかし好景気の時代であっても、その狭間には彼のような弱者は存在したのだろうと思うと、難しい問題ですね。少なくとも心の中では息子を愛していたのは救いですが。
死んでからやっと親子が一緒になれたというのが皮肉ですね。


後半は青春群像的に主人公の「ゆうちゃん」を取り巻く友人たちが登場。
それも別れた百合子を招くつもりが「ゆうちゃん」を密かに愛して、若くして車で自爆死したガールフレンドの真澄や45歳で病死した親友の梶が来ていたというのが意外な展開でした。
「ゆうちゃん」のクールでドライな人柄が浮き彫りになるだけで、死者に対するアクションが無いまま終わってしまったのが不満が残るところ。
ラストについては、ああやっぱりなと思いました。
もっとも、実際に体験したらかなりの恐怖を感じるかもしれませんね。

*1:建築で地固めのときに重い槌を数人で上げ下げする労働に従事する女性