10期・28冊目 『シャトゥーン ヒグマの森』

シャトゥーン ヒグマの森 (宝島SUGOI文庫) (宝島社文庫)

シャトゥーン ヒグマの森 (宝島SUGOI文庫) (宝島社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
マイナス40度も珍しくない極寒の北海道・天塩研究林。そんな土地に立つ小屋に集まった、学者や仲間たち。そこへ雪の中を徘徊する体重350キロ、飢えて凶暴化した手負いの巨大ヒグマ、“シャトゥーン”ギンコが襲いかかる!次第に破壊される小屋。電話も通じない孤立無援の状況下から抜け出すことは出来るのか!?第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作の文庫化。

時々、熊が餌を求めて人里に降りてきたとか、登山者やハイカーが山で出会ってしまい被害に遭ったなどと報道されます。
本州の熊(ツキノワグマなど)はまだ人間の大人とそう変りない体格ですが、北海道の羆(エゾヒグマ)は別格。
オスの成体で体長2.5-3.0mで体重は250-500kg程度に達するとか。もう充分怪物レベルです。
本作に登場するのはメスで「体重350kgを超す」と記載あるのですが、「穴持たず」という、何らかの理由により冬眠し損ねたクマであるために非常に凶暴。
それでいて動きが遅いのならばまだ救いがあるのですが、人間を遥かに上回る素早さと力を持ち、足跡を隠して罠を張る(止め足)といった狡猾さをも備えているのですからたちが悪い。
餌の少ない冬に人間を襲ってその味を占めてしまったために次々と見つけた人を執拗に狙います。
まさに7名死亡、3名重傷という重篤な被害を出した三毛別羆事件の現代版といっていい内容でしょうか。
wikipedia:三毛別羆事件


冒頭、北海道・天塩研究林の小屋にいる弟の昭や友人たちとの年越しのために雪道を向かっていた土佐薫*1の一行は千切れた人間の腕や足を見つけます。それは羆に襲われた密猟者(生き残った方が小屋に逃げ込む)だったわけですが、車が横転してしまったためにとりあえず徒歩で小屋に向かいます。
かくして移動手段も連絡手段も絶たれたまま、人間の味を覚えた羆が襲いかかる中、厳冬用に強化されたとはいえプレハブ小屋に立て籠もるグループの恐怖の一夜が始まるのでした。


先述の通り、獰猛で狡賢い羆に対して人間が取れる対抗手段はかなり限られており、有効なのは威力の高い弾を使った銃のみ。
しかし致命的な一打を撃たれてなお、その猟師に反撃して殺したという逸話があるだけにこの中で威力の弱い散弾銃しか持たない彼らには倒すための手段を持ちえないのです。
小屋は簡単に破られ、一人また一人と羆の餌食になってしまい、しかも簡単には殺さず生きたまま食われる様を耳にしつつも逃れる術を持たない彼らの絶望がわが身のことのように伝わってきます。
氷点下40度という過酷な環境と執拗に人間を狙う羆の脅威。そんな中で娘を守るために貧弱な装備で立ち向かうヒロイン。
被害者を見舞う残酷描写は人によるでしょうが、シャトゥーン(穴持たず)に出会ってしまった羆の恐怖とサバイバルものとしての展開はなかなかのものです。
しかし羆vs人間の戦いにおいてのあまりなご都合主義*2や登場人物のセリフや行動の不自然さが目立って、全体的にはチグハグな点が印象として残ってしまいましたね。
そういう意味ではリアルさは置いて楽しむB級ホラー映画的な内容でした。

*1:報道記者で元々弟と同じ北海道大学動物学研究員だった

*2:成人男性が一撃であっさりやられたのにヒロイン母子は何度襲われても致命傷は負わない。殺されたと思われた人物が思わぬところで再登場するなど