10期・8冊目 『水銀虫』

水銀虫 (集英社文庫)

水銀虫 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
17歳を目前に自殺した姉。明るく優しい性格で、直前までそんな素振りはなかったのに、なぜ…背後には、死神のような女生徒の姿があった(「はだれの日」)。孫を交通事故で亡くした祖母。断ち切れない愛情と悲しみが、孫の幼友だちをおぞましい事件に巻き込む(「虎落の日」)。惨劇の陰には、人の心を蝕む「水銀虫」の存在が。取りつかれ、罪を犯した人々の、悪夢のような一日を描いたホラー短編集。

「枯れ葉の日」
主人公の男はコーヒーショップで相席となった街娼風の女と一日を付き合うことになる。
そして彼女は唐突に言った「そんなにいい人なのに、どうして人を殺したりしたの?」
まるで「世にも奇妙な話」に出てきそうな人の罪にまつわる話ですね。。
悪意とは言い切れない、ボタンの掛け間違いのようなきっかけで犯した過ちとそれに伴い背負うことになる業。
どこか哀しい話でした。


「しぐれの日」
少年が雨宿りに借りた軒下のはす向かいのアパートにそのお姉さんがいた。
誘われるままに部屋にあがり、上品で洒落た室内で居心地の良い時間を過ごす。
旦那さんだという男性にも歓迎されるが、その夫婦には公にできない秘密があった。
もしかしたら大人の目にはたいしたことなかったのかもしれないけれど、少年の視線からすればトラウマになるレベルなのかもしれない。


「はだれの日」
17歳を目前に自殺した姉。悲しみに暮れる家族の中でも特に心身衰弱に陥った母親に近づいた姉の友人と称する少女。
そこにあるのは興味本位で人の命を弄ぶ悪意だった。
巧妙に家庭に取り入って洗脳した末に起こった凄惨な事件が過去にありましたが、なんだかそれを連想させるような話でした。
それだけに主人公(弟)の義憤がわかるし、戦々恐々となりながらもすごく読ませるストーリーなのですが、オチは後味悪いとしか…。


「虎落の日」
最愛の孫を交通事故で亡くした祖母。
やり場のない悲しみが、孫の幼友だちをおぞましい事件に巻き込む。
内容的にはおぞましいのですが、そこに至るまでの経緯があるだけに何ともやりきれない。愛情が深ければ深いほど一歩間違えれば狂気に陥りやすいのかと思われます。


「薄氷の日」
クリスマスイブの日、その夜、洒落たレストランにて彼からプロポーズを受けることを確信している奈央は幸せの絶頂だった。
ただしそこに一点の不安があるとしたら、今年もあの「クリスマスの怪物」が姿を現すのではないかということだった。
「天網恢恢疎にして漏らさず」*1ということわざが思い浮かびます。
ヒロインからしたら天国から地獄という結末ですが、まぁ因果応報としか言いようがないですねぇ。


「微熱の日」
どこにしても大人の目が光っている田舎の中で唯一秘密が守れるのは山の中だけ。
小学6年の一真と信也はその秘密基地で不思議な生物に出会う。
終盤の展開が急で、あっけに取られたというか、正直ついていけませんでした。
伝説上の鬼とか怪物の正体は実は人が人をそう見たのだというような、そういうことが言いたかったのだろうとは思うのですけれど。


「病猫の日
図書館勤めの主人公の妻は重度の鬱に罹っていたが、一行に改善されない状況に、共に暮らしている主人公の方も気が滅入ってきていた。
そんな中、館内で不思議な黒づくめの男に出会う。
死んだストーカーの怨念(?)のようなものが鬱をもたらしたとも言えるのですが、色んな意味で後味悪い話です。


ある種の中毒症状に陥ると、体中を小さな虫が這いずり回るような感覚に囚われるという。
もう想像するだけでも気持ち悪いですが、この中で登場する水銀虫とは、人が悪意に取りつかれた時に(主に頭の)皮膚の下で銀色にきらめく小さな甲虫がうごめき、表面化するのだという。
奇妙さと懐かしさが同居した短編集が持ち味の著者ですが、本作で取り上げられているのは誇大化した憎悪や悪意ばかり。
ただ、そこに断ち切れない悲しみが垣間見れるだけになんとも言えない複雑な印象を抱きました。
前半の4話までが短編としてのテーマもまとまりも良かったけど、それに比べると後半の3話はあまりよろしくなかったですな。
まぁ個人的な好き嫌いもあるかもしれませんが。

*1:天が悪人を捕えるために張りめぐらせた網の目は粗いが、悪いことを犯した人は一人も漏らさず取り逃さない。天道は厳正であり、悪いことをすれば必ず報いがある。