- 作者: 新田次郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/09/04
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内容(「BOOK」データベースより)
宝永4(1707)年突然大爆発を起こした富士山は16日間にわたり砂を降らし続け、山麓農民に甚大な被害をもたらした。時の関東郡代伊奈半左衛門忠順はこうした農民の窮状を救うべく強く幕府に援助を要請した。だが、彼が見たものは被災農民を道具にした醜い政権争いだった―。大自然の恐怖を背景に描く長篇時代小説。
富士山三大噴火の一つであり、かつ最後の大噴火である宝永大噴火(宝永4(1707)年)による大災害をテーマとした作品です。
この時はかなり大規模な噴火だったようで、噴火直後の焼き石や焼き砂の降下はもとより、16日間に及ぶ長期間、江戸に至るまで広範囲に火山灰が降り続いたという。
wikipedia:宝永大噴火
特に山麓一帯の村落には大量の火山灰が積もったことで、田畑の耕作はもとより生きていくのさえ困難な状況に陥ってしまいました。
そんな中で酒匂川水害対策*1の担当奉行として幕府に任命された関東郡代・伊奈半左衛門忠順は、特に被害の大きかった村々が飢餓に瀕している状況を見るに放っておくわけにいかず、彼らを救うべく奔走するのですが、様々な困難にぶち当たるのです。
富士山レーダーの職員であった頃の著者が地元住民から伝え聞いた伊奈半左衛門の話がきっかけになり、また被災地復興半ばの時期での死(切腹)に不審を抱いたことから、かなり丹念な取材(あまりの資料の多さに部屋が資料崩れしたとか)を行ったとあとがきにもあります。
それだけに史実を元に書かれた時代小説として重厚な内容となっています。
まず噴火で甚大な被害を被った駿東郡の村々の状況が事細かに描かれているのですが、現代でいえばまさに国を挙げての援助が必要と思えるくらい。
酷いところでは人の背丈ほど降り積もった火山灰を除かないことには始まらず、貧困層の農民にとっては明日の食事に困る状況でした。
不運なことにちょうど貨幣経済への移行時期で、諸物価が上がったことで年貢に頼っていた幕府の財政も火の車。
さらに大災害さえ政争の具として利用する権力者・官僚たちによって、せっかく工面した金も大部分が中抜きされて、被災地の農民の事情など蔑ろにされてゆく様には半左衛門ならずとも義憤を覚えました。
半左衛門は各方面に掛け合って幕府から米や金を工面(必要分を見積って要求するが、実際渡されるのは1〜2割程度)してなんとか凌いでいたのですが、遂に書類不備を承知で強行して駿府城下の米蔵から米を運んで村民に配ったことを咎められ、切腹して果てます。
時代劇の代官というと農民から搾り取るだけの悪いイメージ*2ありますが、農民を飢餓から救うために身を犠牲にした半左衛門は理想の行政者だったと言えるでしょう。
しかし半左衛門の孤軍奮闘は報われず、彼に協力した駿河代官も役人同士の足の引っ張り合いと謀略(そこは創作部分もあるが)の犠牲となったために後味は良くないです。
まぁ現実は単なる勧善懲悪の物語とは違うところでしょうが。
半左衛門の死後になってようやく幕府が救済に本腰を入れたことが皮肉ではありますね。