9期・79冊目 『金色の獣、彼方に向かう』

金色の獣、彼方に向かう

金色の獣、彼方に向かう

内容(「BOOK」データベースより)
稀代の物語作家が紡ぐ、古より潜む“在らざるもの”たちの咆哮4編。傑作ダークファンタジー

久しぶりに読みました。恒川幸太郎のダークファンタジー中編集。
タイトルにもある通り、不思議な能力を持ち、それを人間に及ぼす金色の獣(鼬)が各編のモチーフとなっているようです。
「異神千夜」
とある草庵を営む老人が旅の男を泊めた際に語りだされた元寇前後の話。
仁風と名乗る彼はモンゴル軍に囚われて異民族の仲間たちとともにスパイ部隊として九州に潜り込むことになったという。
中でも鼬を祀る巫術師だった紅一点の鈴華は不思議な存在であった。
やがて戦役が終わり、元軍が引き上げて途方に暮れる彼らだが、突然リーダーシップを発揮した鈴華によって男たちは言いなりになるが、仁風だけは彼女に畏れを抱くようになる。
歴史ものですが戦乱に巻き込まれていく人々の描写が秀逸で、歴史好きかどうかに関係なく一気に読めてしまうんじゃないでしょうか。
ごく自然に主人公に感情移入できるし、超自然の力に触れてその恐ろしさを感じるさまが自然に描き出されていて、本作に収められた中では結果的に一番良かったですね。


「風天孔参り」
樹海の近くで一人レストランを営む通称「岩さん」。
ある日登山客の集団がやってくるが、数日後にその中の若い女性・月野優が一人やってきて、宿泊を申し出て、そのまま居つくようになる。
優によるとあの時の集団は樹海の中に時たま現れる風天孔参りだったという。
この中で風天孔というのは鎌鼬かまいたち)のことらしい。
自殺志願者たちの集団は、導かれるままに樹海の中で鎌鼬が現われるたびに一人ずつ飛び込んでゆくのだとか。
岩さんと優の二人は親子ほどの年が離れていたが仲良く数年を過ごすも、結局破綻してしまい、再び風天孔参りへと引き寄せられる。
過去に影ある二人のせいか、怖さはあまり感じない、もの悲しい物語でしたね。


「森の神、夢に還る」
稲光山の麓に済むわたしはいろいろなものに憑依できる存在。
ある夜、駅で出会ったナツコの美しさに惹かれ、彼女と共に上京する。
東京に出たナツコは仕事に就き、友もできるが…。
「わたし」の存在が謎でしたが、途中でその過去が語られます。こちらの方がメインと言えるほどなかなかドラマチック。
そういえば「わたし」が訪れた森の泉が「異神千夜」の鈴華の最期に登場した場面と重なりました。


「金色の獣、彼方に向かう 」
大樹が子供の頃、年上の少女・千絵に出会い、仲良くなって遊んでいた時に一匹の金色の鼬を見つけて飼うことになります。
その鼬は賢く、不思議と大樹に懐いたので駕籠にも入れずに飼っていました。
やがて大樹は鼬の思考を共有するという不思議な体験をするようになります。
大樹と出会った当初、召使がいる金持ちの家だと自慢げに話したり、捕まえた動物は殺した方がいいと主張する千絵が何だかおかしな子に思えましたが、かなり悲惨な事情があったわけで。
年下の子供である大樹にはそこまで斟酌する余裕はなく、終盤に千絵に持ち去られた鼬を心配するだけでしたが最後にようやく察することができたわけです。
少年時代の不思議な思い出と化したラストに物足りなさはありましたが、それが自然なのかもしれません。
大樹たちの町で怪異譚の種となっている、墓穴を掘る老人が脇役にしては謎めいていていい味出していましたが、もっと掘り下げて描かれても良かった気がしないでもないですね。