9期・53冊目 『蘆屋家の崩壊』

蘆屋家の崩壊 (集英社文庫)

蘆屋家の崩壊 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
定職を持たない猿渡と小説家の伯爵は豆腐好きが縁で結びついたコンビ。伯爵の取材に運転手として同行する先々でなぜか遭遇する、身の毛もよだつ怪奇現象。飄々としたふたり旅は、小浜で蘆屋道満の末裔たちに、富士市では赤い巨人の噂に、榛名山では謎めいた狛犬に出迎えられ、やがて、日常世界が幻想地獄に変貌する―。鬼才が彩る妖しの幻想怪奇短篇集。

「反曲隧道」
猿渡と伯爵が出会うきっかけとなった、とあるトンネルで起こる怪異談。
隧道とはトンネルのこと。
隧道と書くだけで、狭くて見通しが悪くて、夜中に通ると何かよからぬものを見てしまいそうな気がするのは何故でしょうか。
もっとも猿渡にとって、伯爵との出会いは良きものであったと思いたいですが。


「蘆屋家の崩壊」
豆腐巡りの旅の途中、福井県の海沿いに寄った際に猿渡の大学時代の同級生である秦遊離子の実家が近くあることを思いだして訪ねることに。
秦の実家は蘆屋道満の末裔という伝承を持つ旧家であった。
旧家独特の習慣とかオチまで含めて、いかにも民俗的で面白い奇譚でした。


「猫背の女」
猿渡が伯爵に出会う前のエピソード。
コンサートで席を譲った縁で佐藤美智子という猫背の女と知り合い、そのお礼と称して映画に誘われる。
どうにも気が乗らなかった猿渡は次の約束をすっぽかすのだが、その日から彼の近辺で奇妙な出来事が発生する。
うん、これは(男は特に)怖い。ストーカー的なオカルトにとどまらず、猿渡自身の精神が蝕まれてしまっていたのかと思わせるふしがありました。


「カルキノス」
怪奇映画祭にゲストとして招待された伯爵および同行の猿渡は季節外れだが美味しい蟹が食べられるとの誘いに釣られてスポンサーである地元の富豪・郷原の家に泊めてもらうことになる。
その夜、奇妙な現象と殺人事件が起こる。
風変わりな蟹を使ったミステリ仕立て。
ところで豆腐にしろ蟹にしろ、食べ物の描写が旨そうで空腹時には毒です(笑)


ケルベロス
「カルキノス」で知り合った女優の落合花代にある相談を受けて彼女の実家に赴く二人。
彼女の双子の妹葉子は幼少の頃轢き逃げに遭い半身不随の身。それだけにとどまらず、彼女の生まれた村は20年以上祟られ続けているという。原因は彼女の家が双子が生まれた際の「お返し」をしなかったからというのだ。
黄泉の国に地獄の番犬ケルベロスという組み合わせが斬新。
その後が非常に気になるラストでした。


「埋葬虫」
カメラ巡りの際に旧友の伊予田と偶然再会した猿渡。彼の部下齋条は共に出張したマダガスカルで虫に寄生されてしまい余命幾ばくも無く、責任を感じた伊予田が看病しているという。
伊予田にカメラを託された猿渡は瀕死の齋条が見たがっているという森の写真の撮影を依頼されるが・・・。
特に虫が苦手というわけでもないのにこれにはゾッとさせられました。
虫とか植物とか、特別知能を持たない割には人智で計れない不思議がありますね。


「水牛群」
就職が決まって伯爵との縁が切れていた猿渡だが、会社で上司の不正の責任をなすり付けられてクビになってしまう。
心身衰弱の余り不眠症・食欲不振にも苦しめられ、伯爵に助けを求めた結果、再び彼の取材旅行に同行する事になる。
舞台となったホテルの妖しさに加えて猿渡の幻覚も混じって奇妙なストーリーとなっています。読んでいてまるで自分自身が体験しているような錯覚に囚われて重苦しかったです。


初めて読んだ作家なんですが、なんだか昭和の頃を彷彿させる懐かしい時代設定に独特な語り口で吸い込まれそうな感覚でした。
三十代になるが定職を持たない猿渡を主人公として、怪奇作家の通称・伯爵と共に各地を訪れて遭遇する怪奇譚・・・と言えるのですが、この猿渡がもともと怪奇、それも女難水難に遭いやすい体質なんでしょう。
会ったばかりの女性に妙に好意を寄せられるのは羨ましいが、トラブルに巻き込まれて溺れそうになったりするのは勘弁です。
猿渡自身が怪奇を呼び寄せてしまうというか、ふらふらとあっち側にいってしまいそうなのですが、伯爵がいるとすんでのところで呼び戻してくれるのが安心(出会う前の「猫背の女」ではまさに危ないところだった)。
まさに絶妙なるコンビと言えましょう。