9期・22,23冊目 『家康死す(上・下)』

家康、死す 上

家康、死す 上

家康、死す 下

家康、死す 下

内容(「BOOK」データベースより)
若くして三河一国を独力で平定した家康。その死が伝われば、均衡は破られる。桶狭間に勝って、天下取りに向かう信長や甲斐の信玄に挟まれ、隣には、衰えたりといえども今川がいる。家康暗殺の事実は、ひた隠しにしなければならない。急遽見つけ出した身代わりは、広忠寺の住職に収まっていた異母弟・恵最。姿形が瓜二つなだけでなく、何から何まで自在に家康になりきっている。疑念が次第に大きくなる世良田次郎三郎は、お家のためにも謎の解明に乗り出す。

世良田次郎三郎と言えば隆慶一郎影武者徳川家康』にて家康の影武者となり、さらに関ヶ原の戦いにて殺された家康になりすました人物として有名ですね。
そもそもはっきりと実在した史料があるわけではなく、明治になってから桶狭間の戦い後に家康が暗殺された際に入れ替わった人物説が浮上したようです。
wikipedia:徳川家康の影武者説
影武者徳川家康』とはうって変わって主人公・世良田次郎三郎を駿府人質以来の股肱の臣と設定し、既存の家康すり替え説を用いつつ独特のストーリーで描いたのが本作になります。


序盤でいきなり何者かに狙撃されて命を落とした家康。
桶狭間の戦い後に独立して織田家と同盟し、ようやく三河国を手中にしたとはいえ、まだまだ予断ならぬ中で若き主君を失った重臣たちはうろたえるのですが、出家した異母弟である恵最の素顔は亡き家康に瓜二つであったことから、嫡子・信康が成人するまでの身代わりにします。
恵最は積極的に家康の立ち振る舞いを吸収して、何から何まで自在に家康になりきろうとするのですのですが、そこに不自然さを抱いた世良田次郎三郎が調べたところ、幼少時に人質として出された際のすり替えと恵最の裏で画策していた一派の存在が出てきて、暗殺は計画的なものだったと確信します。
家康に成り代わった後の恵最が実の子ではない信康にすんなり家督を譲るか疑念を抱きつつも、今まで通り家老として仕えなくてはならない次郎三郎の苦悩は続くのです。


ちょうど織田・武田・今川との力関係が急変する時期でもあり、そこに挟まれた徳川内部でも影武者や跡継ぎに起因する密かな争いがあったというのも頷けるものです。
本作の軸としては於大・恵最の言わば入れ替わった家康派と、本来の系統である信康を家督に継がせたい世良田次郎三郎ら一部の家臣という対立構図で、表向きは史実に沿って進みながらも陰では両者が火花を散らしていく展開となっています。
もっとも源応尼・於大・瀬名・徳姫と四代に渡って徳川家直系の奥方は女傑と言っていいくらい強くて、さらに架空のキャラクターも活躍し、最初から最後まで女性が物語を動かしてきた感がありました。


立ち振る舞いこそそっくりではあっても長年僧侶であっただけに戦の指揮など恵最の能力は本物の家康に劣り*1、その分戦も巧ければ外交・内政もできる世良田次郎三郎こそが本当の家康かと思うほど有能に書かれていますね。
物語自体は読みやすく、陰謀めぐる中での忍者*2たちの暗闘もあって楽しめたのですが、読んでいくうちに先行きが予想できてしまってその通りの顛末となったので、尻すぼみというかもったいなかった気がしましたね。
せっかく世良田次郎三郎という架空人物を主人公にしたのですから、あっと思わせるどんでん返しを期待するのは贅沢でしょうかね。
おまけのように俗説を盛り込んだエピローグがついていますが、あれだけではちょっと寂しいかなと思いました。

*1:ちょうど三方が原の敗戦で漏らしたエピソードが加わってる

*2:女忍び・婆衣の活躍が光っていた