9期・21冊目 『弾正の鷹』

弾正の鷹 (祥伝社文庫)

弾正の鷹 (祥伝社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
信長の首を獲る。それは堺の商人だった父を殺された桔梗の悲願。信貴山に篭もり信長への叛旗を企む松永弾正の側女となり仇討ちの機会をうかがっていた。弾正から鷹を使った暗殺法を知らされた桔梗は、韃靼人の鷹匠頭と契り秘術を体得。ついに信長との謁見の場を得るが…(『弾正の鷹』)。デビューの原点ともいえる作品を収録した、直木賞作家の傑作時代小説集。

先日、『雷神の筒』で初めてその著作を読んだ山本兼一ですが、信長暗殺にまつわる短編集が出ていて、その趣向が面白そうだったので読んでみました。


「下針」
雑賀鉄飽衆の中でも主人公・鈴木源八郎は糸に釣り下げられた針を撃つ抜く腕を持つことから”下針”の異名を持つ名手だった。
雑賀にいた頃は金も女も思いのままだったが、本願寺救援のために大坂に赴いた折、とある遊女・綺羅に夢中になってしまう。
豪商と遊女の本命の座を争う中で、源八郎としては財力は敵わずとも得意の鉄砲で信長を狙撃することで男を見せようとするのです。
惚れた女のために男は命がけで事を成そうとする。
それは古今東西変わらぬものです。
金でしか心動かなかった綺羅が最後に見せた表情が良かったですね。


「ふたつ玉」
信長の狙撃者として有名*1杉谷善住坊
領主である六角承禎が信長上洛時に城を追われた際にその愛妾・菖蒲を助けたのですが、得意の鉄砲術をいつか活かすという条件で、譲り受けます。
菖蒲を愛し、二人で穏やかな暮らしを望むのですが、浅井氏の裏切りによって朝倉討伐に敗れた信長が少数の供で近江を通ると聞いて、その狙撃命令が下るのです。
狙撃者として以外は知られない善住坊の意外な人物像が印象深いです。
見た目と裏腹に穏やかな性格であったのに、非凡な技術を持っていたばかりに凄惨な最期を遂げた悲しい結末として描かれていますね。


「弾正の鷹」
表題作は堺の商人だった父を信長に殺されて以来、松永弾正(久秀)の側女となり仇討ちの機会をうかがっていた桔梗の物語。
弾正が蜂起に敗れて信長に従ったことで見切りをつけ、桔梗は韃靼人の鷹匠頭と夫婦になってその秘術を体得。
ついに鷹匠として安土の信長を訪れる機会を得ます。
獰猛として知られる鷹を飼い馴らす過程が興味深かったですね。
実際に暗殺に使えるかどうかは別として、その発想と桔梗を巡る人物たちの表裏を描いたさまは収録された中でも特に秀逸に思える一作でした。


「安土の草」
甲斐に生まれて武田の乱波として育てられた後に大和国の寺番匠(大工)として経験を積んだ後に安土に潜む草となった主人公。
安土城築城に加わる中で描いた天守のデザインが信長の目にとまって採用されます。
しかし甲斐から築城を妨害するよう指令が来て、草としての使命と番匠としての生き甲斐との狭間で揺れるのです。
肝心なところで情に動かされてしまったり、かと思えば辛抱強く復讐の機会を伺ったり。
その行動は掴みどころ無さそうに見えますが、それが草と言えど人間らしいところなのかもしれません。


「倶尸羅」
備前・鞆にて足利義昭の愛妾としての暮らしに飽きた遊女・倶尸羅が閨で首掻くことを命ぜられ、大陸渡来の毒を持って信長に接近するのですが、逆に男としての魅力に囚われてしまうというのが最後の一編。
女性側から見た信長の強烈な個性を感じます。


歴史上の脇役である(失敗した)暗殺者にスポットを当て、男女の情など人間臭く描かれているのが特徴です。
結果的にどれも失敗したのは、時代の風雲児たる織田信長の持つ強烈なオーラに怯んだり、狙う側の内面の弱さにあったりといろいろ工夫されています。
その一方で信長の印象が画一的なのが少々残念だったかも。

*1:狙撃したことで名が残ったと言えるかもしれない