7期・29冊目 『虐殺器官』

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

内容(「BOOK」データベースより)
9・11以降、激化の一途をたどる“テロとの戦い”は、サラエボが手製の核爆弾によって消滅した日を境に転機を迎えた。先進資本主義諸国は個人情報認証による厳格な管理体制を構築、社会からテロを一掃するが、いっぽう後進諸国では内戦や民族虐殺が凄まじい勢いで増加していた。その背後でつねに囁かれる謎の米国人ジョン・ポールの存在。アメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、チェコ、インド、アフリカの地に、その影を追うが…。はたしてジョン・ポールの目的とは?そして大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?―小松左京賞最終候補の近未来軍事諜報SF。

読む前から評価が高い作品であることはわかっており、実際読んでみて非常に面白くて刺激的で読了後に感じることは多々あったのですが、実際こうしてレビュー書く段になると文章がまとまらず筆が進まない(実際はキーボードが打てない)。そんな状況でした。


主人公は一昔前の映画に出てくるグリーンベレーやデルタフォースを彷彿させるハイテク装備を備え、隠密裏に世界各地に侵入して任務(主に暗殺)を遂行する特殊部隊の分隊長。
ランボーの如きマッチョを想像するところですが、一人称が「僕」であることを含め、その心情描写を読んでいるだけではごく普通のインテリ青年。任務であれば躊躇いなく人を殺せるのに、交通事故で脳死状態だった唯一の肉親である母親の延命措置を止めたことが深く心に影を落としていることがわかります。
そんな彼が常に後進国の内戦・虐殺の現場に居合わせるという謎の米国人ジョン・ポールを追い、その愛人ルツィアに接することで少しずつ核心に近づいていく展開になっています。


9.11(2001年のアメリカ同時多発テロ事件)を契機にアメリカ始め世界各国がテロ対策を推し進めていったのは記憶に新しいですが、作品内ではそれに加えてサラエボにおいて手製の核爆弾テロによって都市が壊滅したことで頂点に達し、究極なまでに個人の行動がID管理された近未来という背景があります。
一方、主人公が赴く地域では、内戦もしくは戦後の混沌とした状況にあり、反体制派の過激派によって民間人の大量虐殺が平然と行われ、子供たちが強制的に兵士にさせられる世界。*1
サラエボ後、先進国へのテロは下火になり、代わりに後進国での戦火が増していったのは本当に厳格な管理体制によるものなのか?


近未来テクノロジーが頻繁に登場するSFであり、国際政治・軍事サスペンスでもあり、人間の本質を問う深い内容の作品でもあります。それでいて硬くなく読みやすいのは優秀な軍人でありながらナイーブさを持ち合わせる主人公視点が現代人の心情に近しく描かれているためでしょうか。
9.11当時はともかく、日本にいると戦争・テロは対岸の火事のように思えてしまうのですが、本作を読むと色々と考えさせられます。もしかしたら、平和よりも闘争・混沌こそが人間の本質として組み込まれているのではないかと…。
あえて陰鬱な主人公と破滅的な結末が、十代の頃から馴染んできた日本SFらしかったのも良かったです。
・・・うーん、やっぱりうまく伝えられないですね。

*1:現在でもそれはアフリカ等で行われている事実だけど