6期・71冊目 『生ける屍の死』

生ける屍の死 (創元推理文庫)

生ける屍の死 (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ニューイングランドの片田舎で死者が相次いで甦った。この怪現象の中、霊園経営者一族の上に殺人者の魔手が伸びる。死んだ筈の人間が生き還ってくる状況下で展開される殺人劇の必然性とは何なのか。自らも死者となったことを隠しつつ事件を追うパンク探偵グリンは、肉体が崩壊するまでに真相を手に入れることができるか。

何の共通点もなく死者がランダムに蘇るようになってしまった世の中。
そんな中で巨大霊園を営むバーリィーコーン家では、創業者・スマイリーがまもなく臨終を迎えようとするが、遺産争いやら一族の愛憎を巡る騒動が持ち上がり、その過程で殺人事件が起こってしまう。
一族の関係者でありながら長らく故郷を離れていたパンク族のグリンとチェシャは戻ってきた途端に否応なく騒動に巻き込まれていくのですが、中でもグリンは巻き添えをくらって毒殺された揚句に生き返るという経験さえしてしまうのです。
心臓は止まり血液は流れていないのに思考も体を動かすこともできる不思議。しかし肉体は徐々に滅んでいく中でグリンは自分が死ななければならなかった原因を含め、この騒動を見極めようとしていきます。


ここでは探偵役が生ける屍(リビングデッド)!
肉体の制約を逃れたグリンは生前よりも早く走れたり(息が切れることもない)、普通ならば即死状態の車の事故に遭っても頭がへこむ程度で済みますが、周りに死人であることをばれないためには色々と苦労があるのです。例えば顔色が悪かったり、眼球が濁ってきたり。*1それから体内で腐るために食事も摂れないのは悲しい。そこは幸い霊園ということでエンバーミング(死体防腐処理)の施設があったことと、自身パンク族で風変わりな服装や行動をしていたことが幸いします。
それにしても、さらりとしか触れられていませんが、本能というか3大欲求が全て不要になってしまうのはとてつもなく虚しいのではないでしょうか。
ただただ、なぜ自分が死なねばならなかったのか?という疑問を解くために生ける屍であることを隠して行動するのです。


一方、連続殺人事件を追っていたトレーシー警部は聞き込みのために訪れたバーリィーコーン家で次期当主ジョンの殺害現場に出くわし、そのまま事件を担当することになるのですが・・・。
常識を覆すバーリィーコーン家の騒動、そして思うように動かない部下たちのために進まぬ捜査。昔堅気のトレーシー警部の心労は重なるばかりで哀れではありますがどこか周りに踊らされるさまが滑稽でもあります。
果たして、グリンやトレーシー警部は事件の真相に辿り着くのか?


バーリィーコーン家内部の確執に加えて、飄々たる死学博士や、らしくない刑事、女の争いを演じる妻たちなど個性豊かなキャラクター。死を中心に扱っているのにどこかユーモアでクスリと笑えてしまう彼らの行動。長い物語ではありますが退屈することはありませんでした。
それに知らないことの多かったアメリカの葬儀事情がキリスト教という宗教観を深く絡めて存分に描かれているのが興味深いです。まぁ蘊蓄に走りすぎる気がしないでもないですけどね。
死者が生き返る事実により、殺人の意義が無くなってきたはずの中で起こった事件の謎解き。そこにあったのは生者の事情ではなく死者の妄執であったというのがオチではあるんですが、動機やトリックがどうのこうのといったミステリとは関係無く楽しめた作品でした。
トレーシー警部の魂の叫びが全てを表していると言えましょう(笑)

「なんてこった。こんなひどい事件があるもんか。生きている連中と死んだ連中の思惑が無茶苦茶に絡み合い。しかも、犯人も、被害者も、目撃者もそれに探偵まで死人だったときてる。…俺は自分が生きていることがすごく惨めに思えてきた。」

*1:死者が生者を装うということに伏線があった