6期・69冊目 『イニシエーション・ラブ』

イニシエーション・ラブ (ミステリー・リーグ)

イニシエーション・ラブ (ミステリー・リーグ)

内容(「BOOK」データベースより)
大学四年の僕(たっくん)が彼女(マユ)に出会ったのは代打出場の合コンの席。やがてふたりはつき合うようになり、夏休み、クリスマス、学生時代最後の年をともに過ごした。マユのために東京の大企業を蹴って地元静岡の会社に就職したたっくん。ところがいきなり東京勤務を命じられてしまう。週末だけの長距離恋愛になってしまい、いつしかふたりに隙間が生じていって…。

前半のSide-Aは主人公・たっくん*1がマユと出会い、紆余曲折の末付き合い、幸せなクリスマスを迎えるまで。
後半のSide-Bは東京勤務となったたっくんとマユの遠距離恋愛の中で、会社の新たな人間関係と破局まで。
それぞれの章は80年代の曲のタイトルから端的に内容を表すものが選ばれているのが印象的。
普通に読めば80年代を舞台にした懐かしくほろ苦い恋愛小説です。
ただし、何も考えずに読んでいくと、最後の数ページで衝撃を受けますけどね。
いや、勘のいい人は早い段階でカラクリに気づいて、「ああ、やっぱり」と思うことでしょう。
事実、私も途中でいくつか不審な点に気づいたのですが、それに気付いたのは恥ずかしながら、読み終わって少し考えてからでした。
【以下、ネタばれ!未読で興味ある人は読んだら後悔するかも】












どちらも「鈴木」という姓と「たっくん」で呼称されてものの、結論を言うと、Side-Aの鈴木夕樹に対して、Side-Bは(最後の美也子の台詞でわかる通り)鈴木辰也と別人なわけです。
注意深く読めば大学の専攻が違っているとか不審な点とかありますけど、なにより一番はあれ?主人公のたっくんってこんな奴だったっけ?という印象の違いでしたね。
それが一見同一人物のように描かれるトリックが巧妙に隠されていて(東京の大企業に内定貰っていたとか、1年以上付き合ってマンネリ化とか、車を所持している点)、?を残しつつもたっくんとマユの恋愛物語として読めてしまう。
なによりも、大学4年生だったたっくん⇒就職1年目という順番で描かれていたのだと思い込まされていたのが、それぞれ同時進行だったという点(若干Side-Bのたっくんの方が前から描かれているけど)。
そこで、マユの部屋に単行本が複数あったわけ、ルビーの指輪の行方やクリスマスのホテルのキャンセルなど納得のいく記述に気づかされるのです。
ちなみに舞台は1987年と考えられ、その小道具として国鉄の民営化やドラマ「男女七人秋物語」が使われているのですね。そこにも同時進行というヒントが隠されていたわけですが、昔のこと過ぎてスルーしてしまいました(笑)


Side-Bのたっくんを見ている限りは二股をかけた末にうっかり彼女の呼び名を間違え、逆ギレした揚句に捨てた酷い男という印象です。しかしよくよく考えるとマユの方も遠距離恋愛の最中から夕樹と付き合い始めていたわけで。それも強引に彼氏と同じたっくんという呼び名を考えるあたりは辰也よりも用意周到です。*2
野暮ったい夕樹をリードしているように見えて、巧みに彼氏の代役として仕立てあげていったという見方さえできちゃいますね。

「私、今日のことは一生忘れないと思う。……初めての相手がたっくんで、本当に良かったと思う」
(中略)
「ううん。二度目の相手もたっくん。三度目の相手もたっくん。これからずっと、死ぬまで相手はたっくん一人」”

初めて読んだ時は一途に思えたこの台詞も、全てを知った後ではマユという女の怖さを思い知るのです。

*1:本名は鈴木夕樹だが、マユによって強引にニックネームを付けられてしまう

*2:実は一度「タック」と言いかけて話を誤魔化してる