5期・84冊目 『ファーザーランド』

ファーザーランド (文春文庫)

ファーザーランド (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ベルリン、1964年。ヒトラー総統75歳の誕生祝賀行事を一週間後に控え、ジョゼフ・P・ケネディ米大統領デタント交渉に訪れようという冬の朝、老人の死体が湖畔で発見された。男は古参のナチ党員で…。第二次世界大戦勝利から20年、ヨーロッパ全土を支配下におさめる大ナチ帝国を舞台に展開される気宇壮大な政治ミステリー。

ラインハルト・ハイドリヒの暗殺失敗を皮切りにドイツが第2次世界大戦を勝ち抜き*1ヨーロッパの覇者として君臨するというパラレルワールドが舞台となっています。
著者はジャーナリストとしての経験を元に実在の人物に対しては一定の時期までは史実通り、実際の公文書をもとに(作品世界の)歴史に埋もれた影の部分を曝け出すそのリアリズムには圧倒されました。


舞台は米独冷戦の続く1960年代。ヒトラー総統75歳の誕生祝賀行事に間近に控え、東方戦線のソ連ゲリラとの戦いに手を焼くドイツとしては、ケネディ大統領(JFKではなく、その父でナチに同情的だった元英大使なのがミソ)を首都に招いて外交融和を図ろうという時期。
ある日、政府高官の溺死を検分した主人公・刑事警察官のマルヒはその死に疑いを持ち、調べていくうちに同じ次官級の高官が次々と死を遂げていることから陰謀の匂いを嗅ぎ、ゲシュタボによる横槍も無視して突き進んでいきます。
主人公が限られたヒントから歴史の闇を暴いていくさま、そして当然主人公を狙うゲシュタボとの攻防も含めて政治サスペンスとして優れていて非常に読みがいがあります。


史実のソ連とは違う意味で高度な監視社会として発達したドイツ帝国の様が非常に息苦しく、その特徴は史実にも見られた極端な人種政策。欧州の人々にとってはディストピアに違いないでしょうね。日本人としてはやや複雑です。
ヒトラーシュペーアが構想した巨大建物群に関する記述はなかなか興味深いものがありますけどね。
そういった社会では疑問を持たずに穏便に暮らしていく事なかれ主義が安全なはずですが、あえて主人公が真実を追求しようとするその姿には感銘を受けます。その代償として国家、そして家族や友人の裏切り、最後に父子の絆さえ利用されてしまうのが悲しいことですが。
しかしマルヒが愛するシャリーに託した機密情報により、希望が見える結末には感動を覚えました。

*1:日本はほぼ史実通りの敗戦を迎えた模様