5期・59冊目 『北方の夢』

北方の夢―近代日本を先駆した風雲児ブラキストン伝

北方の夢―近代日本を先駆した風雲児ブラキストン伝

内容(「BOOK」データベースより)
T・ブラキストンの名は、北海道と本州をへだてる生物分布の境界ブラキストン線として永遠に記憶されている。英国陸軍の英雄で、世界を探検踏破してきた彼が、地位や名声を捨て最後の夢を託し、目指した国は日本だった。幕末の函館に着いた彼は、攘夷派の武士に襲われるが、日本への夢は微動だにせず、蒸気機関による機械製材、青函連絡船の創始、わが国初の株券発行等、明治政府の圧力と闘いながら、文明開化の先駆ともいうべき事業に邁進する。そして和人に虐げられるアイヌの娘と結婚、土方歳三を知り函館戦争を経験する…。動乱期日本の知られざる偉人を雄大なスケールで描く著者畢生の長編歴史小説

大英帝国準男爵の家柄にしてクリミア戦争でのセヴァストポリ要塞攻略の英雄。その後カナダや中国・揚子江流域の探検で名を馳せた軍人・探検家ときらびやかな経歴の持ち主ではあるのですが、この作品の中では戦争で優秀な軍人の弟を亡くしたことがトラウマになり、軍人らしからぬ趣味に没頭する不器用で生真面目な男の姿が描き出されています。
名声には無縁で一箇所にとどまることを知らず、一旦興味を持つととことん究めずにはいられない。学究肌というか、今でいうオタク気質とも言えるかもしれません。そんなトーマス・ブラキストンの生き様に魅せられずにはいられない。
彼が上海駐在時に興味を示したのが日本。幕末の開港して間もない函館に来て経験したカルチャーショックにはほほえましいものがあります。
しかし他の西洋人と違って下手な先入観によらず、積極的に日本およびアイヌ文化を受け入れて地位や人種によらずに人間の本質をもって接しようとするのがブラキストンの懐深いところではあるのですが、当時としてはやはり変人の類なのかもしれません(笑)
もっとも、日本人に虐げられるアイヌに興味を示したのは、かつてカナダでの冒険行にてインディアンとの出会いが影響していたようです。


短い期間での函館滞在が忘れられず、母国帰国後に地元の未亡人エミリーとなかば駆け落ち同様にしてなんとシベリア横断によって再び日本に来日。
軍から離れて、一実業家としてスタートしたブラキストンの長い来日人生がスタートしたのですが、それは栄光と挫折を繰り返すものであったことが詳細に綴られています。
もっともそれは先見の明には恵まれていても商才はからきしであった彼としては致し方なかったかもしれません。一度事業に成功するとそれを拡大して儲けようとするのではなく、すぐ他のものに興味が移ったり、半ば病気とも言える生物収集のため蝦夷(北海道)奥地への探検に出かけてしまう。
見知らぬ外国人、たとえそれが自分を殺そうとした攘夷の武士や商売敵であるはずの中国商人だったとしても一度気に入ると親友同様の付き合いができるが、ウマが合わないととことん合わない*1。軍人時代に培った知識を惜しげもなく教授し師として慕う友人は多かったが、一緒に来日したエミリーは日本での生活になじめず離婚。
そういう癖のある人格でしたが、「函館の王」*2として日本人外国人問わず親しまれた人物でした。


長年収集した生物標本と地道な調査によってついに彼は発表の機会を得、その名は北海道と本州をへだてる生物分布の境界ブラキストン線として残りましたが、同時に多額の借金を残して日本を去らねばならなかったという厳しい現実も書かれています。
しかしアメリカに落ち着いてからは幸せな晩年を過ごせた様にはほっとしました。
函館戦争に際して土方歳三との交流があったり史実には書かれていない脚色はあるでしょうが、それにしてもこのような人物が幕末・明治の日本で活躍していたとは本書にて初めて知りました。
あとがきに書かれている通り、もっと世に知られていい人物と言えますね。

*1:北海道開拓使長官だった黒田清隆との仲の悪さは致命的だった

*2:本人はそう呼ばれることを嫌ったが