4期・85冊目 『十五万両の代償−十一代将軍家斉の生涯』

十五万両の代償  十一代将軍家斉の生涯

十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯

内容紹介
華美・豪奢にして江戸時代の黄金期を創出した未曾有の将軍
53人もの子を成し、「オットセイ将軍」とも呼ばれた徳川家斉は、自由放任・放漫財政で好景気を演出した。
しかし自らの欲望が高じて生じた、幕府への大いなる代償とは。


「倹約はもう飽きた。贅沢をしたい。贅沢をして思いっきり羽根を伸ばしたい」
側近・水野忠成に命じて、世界経済史上類例のない画期的な財政再建を行った徳川家斉。好景気に沸く、爛熟した化政文化を演出しながらも、自らの欲で、幕府は大きな代償を払うこととなる。

久々の本格歴史小説です。
まずタイトル的に「オットセイ将軍」との異名をとり、数多くの子を無し、贅沢三昧・放漫財政で幕政を傾けた徳川家斉とはどんな人物だったのか、その結果幕府はどのような代償を払うことになったのか、という点に興味を覚えました。
もっとも、家斉の代は50年の長きにおよぶものの、すでに将軍親政の時代ではなくて、まつりごとは老中(特に筆頭)がしきるようになって久しく、彼自身の意見を主張できるようになったのは後半に入ってから。それも信念あって政治を執り行ったわけではなく時々わがままを側近に言ったレベル。
むしろ将軍になってもやることなく我慢を強いられ、体だけは丈夫な家斉が次々と女に手を出して子を成したのもむべなるかな。でもいくら父から言い含められていたからといっても尋常ではない子の数です。


当初から将軍を取り巻く人物たちに脚光が当たっています。

  • 先の家治の代に権勢を振るった重商主義田沼意次
  • 田沼意次に取り入ったものの、最後は裏切った水野忠友
  • 田沼意次の政治をことごとく覆し、倹約政策を推し進めて若き将軍・家斉の欲望を封じ込めた松平定信および「寛政の遺老」と呼ばれる松平信明ら。
  • 一橋家の血筋で御三家御三卿を占める養子政策によって徳川家の支配を狙った一橋治済(家斉の父)
  • 家斉の小姓出身で、田沼と同じく自由経済政策によって財政を立て直した水野忠成
  • 水野忠成のつてで出世したものの、彼の行った政治を覆して、松平定信以上の倹約政策を行ったはいいが未曾有の不景気を招いた水野忠邦
  • 跡継ぎ争いのどさくさに加えて頑迷固陋な性格のまま藩主になった関係か、幕末に影響を及ぼすことになる徳川斉昭

まさに歴史は人が作るというほど様々な人物が歴史の表舞台に出ては消えていくさまが描かれます。一つ一つの事件についても事細かにつづられているので、経過がよく納得できる反面、やや冗長的ではありました。


この中でも一般的に悪評高い田沼意次と水野忠成が経済的な見地から評価高く書かれていて、特に水野忠成はその器の大きさにも言及されて後半の主役とも言えるほどの扱いだったのが新鮮でした。
反して、彼らとは逆な政策を行った松平定信水野忠邦人間性に問題あるように書かれて小人物扱い。権力を巡って政策よりも人事による遺恨によって動くさまが明らかで、とても人間臭さを感じるところが面白いといえば面白いです。全体的に人物の好悪はくっきりしてますね。


十五万両の代償についてはラストになってようやくその意味がわかってきます。なんだかんだで平穏であった家斉の治世は徳川幕府にとって最後の輝き。やがてその後に本格的にやってくる外圧と内乱によって坂道を転がり落ちるように幕末を迎えるのですが、すでにこの時代に予兆が随所に発生していたわけですね。
歴史物って、幕末ばかりにスポットが当たりがちですが、そこに至るまでにいろいろ理由があったわけでとても興味深いものです。