4期・58冊目 『新世界より』

新世界より (講談社ノベルス キJ-)

新世界より (講談社ノベルス キJ-)

内容紹介
1000年後の日本。「呪力(じゅりょく)」こと、念動力を手に入れた人類は、「悪鬼(あっき)」と「業魔(ごうま)」という忌まわしい伝説に怯えつつも、平和な社会を築いていた。
しかし、学校の徹底した管理下にあった子供たちが、禁を犯したため、突然の悪夢が襲いかかる!
崩れ去る見せかけの平和。異形のアーカイブが語る、人類の血塗られた歴史の真実とは!?

私が購入した新書ノベルズ版では953ページにまとめられているけど、元は単行本で上下巻1000ページを超す大長編。寡作ながら『黒い家』・『クリムゾンの迷宮』・『天使の囀り』など読者の心に強く残る傑作を発表している貴志祐介ならばきっと飽きることはないだろうと手に取りましたが、いやはや予想以上にはまりました。
確かに長いことは長い物語なのですが、青春・恋愛・ファンタジー(どちらかというとダーク)・ディストピア・冒険アクションその他諸々の要素が詰まっていてとても濃い内容ですし、主人公らの運命が二転三転して予断を許さず、読者をぐいぐい引っ張っていく展開はさすがですね。


物語は主人公・渡辺早季が35歳となった現在、小学生にあたる時期から過去の出来事を振り返るかたちで進んでいきます。
舞台となる茨城県の神栖66町は運河が張り巡らされ、水車による発電が行われている水運の町。まるで昭和の戦前か戦後間もない頃を彷彿させるのどかな片田舎の風景。外で遊びに夢中になっていた子供たちは黄昏時に流れる「家路」を合図に友達と別れてそれぞれの家に帰る。そんな郷愁誘うかつての日本を思わせながらも、バケネズミ*1やミノシロ*2と言われる変わった生き物が人間と共存(実情は支配)している一風変わった異世界(設定上は1000年後の日本)。まさに平和そのものな出だし。
しかし、その子供たちが成長して社会に触れていくに連れ、この世界に潜む闇が顔を出し始め、その正体が気になってしまう頃には著者の描く世界観にどっぷりはまっているんですね。


まだ成長途上ゆえに中途半端な呪力しか持たないのに、好奇心旺盛で規則破りも気にせず、冒険に飛び出した早季たちグループ。偶然禁断の記録に触れることで血塗られた人類の歴史と文明が断絶された人類の状況を知ってしまう。人間自身の能力(呪力)を恐れ、遺伝子レベルで殺人を封じ、子供のうちから危険を予期させる芽を摘む徹底的な教育管理(その代わりに過去の知識・技術はほぼ封印)と不都合な事実は消し去る記憶操作。一見平和に見える現実には数々の薄汚れた手が加わっていたことを知り、主人公ならずとも戦慄を覚えます。
その歪みがついに災厄として神栖66町を襲い、平穏を保つためのシステムが手枷となって数多くの犠牲者が出ることになるとは何という皮肉。
町を救うための最終手段を託された早季たちはかつての首都、そして今は呪われた土地と化した東京を目指すわけですが、最後まで驚きの連続で気を抜くことはできません。


作品の中で呪力を持つ人間はバケネズミから「神」と崇められていますが、呪力によって得たのは神の如き徳でも争いの無いユートピアでもなく、ちょっとしたきっかけで自らを滅ぼしてしまうような脆さと絶え間ない恐怖だったとは虚しいですねぇ。
更に前半に登場した人物は続々と死んでしまいってしまう。最後まで生き残ることができたのはわずか二人。結局、呪力・体力とも平凡ではあっても早季の持つ強さと優しさが最後まで光ってましたね。


ところで読み終えてみると、省略されていた部分で気になった点がなくもありません。以下、読んだ人しかわからない点ですが。

  • 神栖66町脱走後の守と真理亜ついて。

章の切り替わりで時間が断絶しているせいもあるんですが、説明がほとんど無いまま彼らの子供が出てきてちょっと驚き(想像はついたけど納得はいかない)。
偽物の遺骨を提出することで町の人を騙すことになっていたはずがいつのまにか本物の遺骨になっていた?そのタイミングは?
おそらく野狐丸による暗躍があったらしいのは推測されるのですが、子供ができていたってことは1年くらいは保護していたってことなんかなぁ。

  • 用意周到過ぎる野狐丸の対人戦略

町の中まで細工されていて気づかないなんて間抜けすぎじゃあ・・・。鳥獣観察官という専門職があったはずなのに。
結局人間がバケネズミを侮りすぎていたということになるのか。この中でも衝撃的なバケネズミの正体を思えば有り得そうではあるんですが。

*1:アフリカに実在するハダカデバネズミを元にDNA操作(?)によって人間に近い体格と知能を持つ

*2:背中一面に触手を生やした形容しがたい容姿だが害は無い。これに似たあるものが出てきて・・・