3期・23冊目 『流れよわが涙、と警官は言った』

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

内容(「BOOK」データベースより)
三千万人のファンから愛されるマルチタレント、ジェイスン・タヴァナーは、安ホテルの不潔なベッドで目覚めた。昨夜番組のあと、思わぬ事故で意識不明となり、ここに収容されたらしい。体は回復したものの、恐るべき事実が判明した。身分証明書が消えていたばかりか、国家の膨大なデータバンクから、彼に関する全記録が消え失せていたのだ。友人や恋人も、彼をまったく覚えていない。“存在しない男”となったタヴァナーは、警察から追われながらも、悪夢の突破口を必死に探し求めるが…。現実の裏側に潜む不条理を描くディック最大の問題*[100冊読書・3期]作。キャンベル記念賞受賞。

フィリップ・K・ディックの作品はこれで3作目ですが、毎度のことながらよくこういったアイデアを思いつくもんだと関心させられます。今回も”スイックス”を始めとする謎のキーワードや、自家用ヘリが飛び交い、やたらと個人に対するセキュリティが厳しくなった近未来的な世界設定につい引き込まれてしまうのです。


身分証明書を保持していないと即収容所行きとなる世界で、主人公・ジェイスンはまずは偽造の証明書を入手して現状を打開すべく行動するが、頼りにした人物が実は警察の密告者で、たちまち窮地に立たされる。
かなりサスペンス的要素が高いように思われた序盤ですが、読んでいくと緊迫感や謎解きよりも、ジェイスンが出合う複数の女性との係わり合いを通しての叙情的な描写が意外でした。時折ジェイスンが見せる非人情的な発言が目を引きます。(そこは後で”スイックス”の秘密に繋がるのですが)
もっともジェイスン以外の登場人物にもハチャメチャな面があり、全体的に重苦しい雰囲気も漂い*1、長広舌の会話シーンにはちょっと辟易させられたりもしましたけどね。


ラストはいい意味で裏切られた気がしなくもないです。読み終えた後で、職務と家族への愛で揺れる警察本部長と主人公との対比によって、愛情の形や人間らしさを問い掛けていたんだなぁと気づいた次第です。

*1:解説によると、この作品を書いていた著者の苦しかった状況も影響したのかもしれない