3期・22冊目 『死都日本』

死都日本 (講談社ノベルス)

死都日本 (講談社ノベルス)

内容(「BOOK」データベースより)
我々は今、地球システムのなかに新たな構成要素として、人間圏を作って生きている。そんな我々の一年を地球時間に換算すれば、1万~10万年に相当する。では、そんな時空スケールで日本列島の人間圏を考えたら、我々は何処へ行くのか?それが本書のテーマだ。『日本沈没』以来久々の、日本の作家にしか書けないクライシスノベルの登場。第26回メフィスト賞受賞作。

いかんいかん。せっかくノベルズ版が出たので喜んで購入したのに、気がつきゃ積読本の最下層に埋もれてしまっていた本書。読みだしてみたらかなり面白かったので、もったいないことしていたなー、自分。


作品の主な舞台は宮崎県を中心とする南九州。そして主人公は火山オタクの工学教授なんです。なので当初、タイトルの割に局地的な話なんかなと思ったのは火山を知らない素人の浅はかさ。自然災害というと地震が大きくクローズアップされがちですが、火山も予知しづらい点や影響範囲が広い点で侮れない災害なんですねー。しかも火山と地震はセットで発生しうることが多いとか。
例えば、本作で紹介されたラキ火山の噴火は直接の被害は少なかったものの、噴火の際に放出された毒物によってヨーロッパを始めとする北半球の気候に影響を与え、更に歴史を変えた*1などという薀蓄がとても興味深いですね。
実際に火山噴火による災害と言えば、日本でも富士山や浅間山などが記録に残っていて、ちょっと調べてみればその被害の大きさが伺い知れます。近年で言えば雲仙普賢岳の噴火が記憶に新しい。それより数値的に百倍規模の破局的噴火というものが数万年に一度の周期で確実に起こっていて、本書ではその兆候を予知し国が対策に動き出すところから始まっているのです。
現実の災害において後手後手に回る行政の姿からすれば、本作で登場する首相や官僚・学者の働きはかなり理想的と言っていいほどです。予知だけでなく、未曾有の災難が予想されることから避難・救援計画や災害後の再生計画まで含めた極秘プロジェクトが遂行されるのです(でも自然の脅威は人間の叡智をも上回るのですが)。


マグマのメカニズムを始めとする火山の学術的説明はさすが。加久藤(かくとう)火山が破局的大噴火に達する様はまるで見てきたかのような迫力です。時速100kmで麓を襲う火砕流がいかに恐ろしいかを目のあたりにします。
そして爆発当時、現場付近にいた主人公・黒木達の必死の逃避行においては、降りしきる火山灰やラハールとの戦いがかなりリアルに描かれています。全てが死滅して噴出物に覆われた街や平野はまさに地獄のよう。黒木の仮説で、古事記における黄泉国や有名な天岩戸隠れがまさに火山による災厄を描いているのではないかというくだりがありますが、これを読んでいると妙に説得力あります。


南九州を席巻した火山による災厄は大気中の火山灰粒子*2の群が東へと移動することによって、やがて本州のほぼ全てがその影響を被り、よりによって東海大地震や富士山噴火の兆候まで発見されるに至って、これはもう「死都」というより「死国」という様が予想されるのですが、ラストはちょっと強引というか脱力気味ですね。あそこまで展開しておいて楽観的過ぎるような。そうでもしないとまとめられないというのはわかりますが。
こういう国家規模、いや世界をも巻き込むほどの災害をテーマにした小説と言えば、やっぱり『日本沈没』が引き合いに出るのですが、そちらと比べると政治・経済レベルでの状況説明や人物の動き等はやや見劣りしてしまいます。ただデビュー作という点を考えれば十分満足できる作品ですね。

*1:フランス革命や日本の天明の大飢饉の遠因とも言われる

*2:これに覆われるとほとんどの通信手段が無効になってしまう