13期・39冊目 『凍樹の森』

凍樹の森

凍樹の森

内容(「BOOK」データベースより)

日露戦争を戦い抜き郷里に戻った美川梗次郎は、マタギの間で長年神聖視されてきた、ミナシロと呼ばれる巨大なクマに遭遇する。美川は老マタギ佐七と協力し、見事ミナシロを仕留める。その後、軍隊時代の上官岩沼に誘われ、再び「大陸」に渡るが、ミナシロの一件で美川を逆恨みする佐七の孫庄蔵の追跡や、日本軍部らの謀略の手が迫る。今、酷寒の中国・ロシア国境地帯を舞台に、壮絶な逃飛行が開始された。

日露戦争終盤における黒溝台会戦において、敵中に孤立した負傷した中尉と兵たち。その生死が別れた顛末がプロローグ。
戦争が終わった後に不景気に覆われた日本国内の中でも特に貧しい東北地方。
生き残った兵の一人である美川は借金のかたに入った家や田畑を取られないためにも金を工面すべく、山に入って大物を刈ることにします。彼は日露戦争時に狙撃手として優秀でした。
そんな美川が何日も付け狙っていたのはミナシロと呼ばれる珍しい白熊。
老齢でもあるために狡猾で慎重深いミナシロを仕留めるためには気取られぬように近づいて一撃で決める必要があるとわかっていても、なかなかうまくはいかず、追撃は何日もかかります。
その途中で出会ったのがマタギの佐七と庄蔵。
美川単独ではミナシロを仕留めることができずに逆に反撃を喰らって倒れたところを佐七に助けられ、一時的に佐七の元にマタギの弟子と入って協力して狩ることになったのでした。
別行動をとったことで美川の知らぬところでトラブルが発生したものの、佐七や猟犬クロの犠牲があって、なんとかミナシロを倒したのですが、そこに現れた庄蔵が勘違いして美川を逆恨み。
そのまま争いとなってしまいました。
しつこく追跡してくる美川は詭計によって死亡したと偽装して逃亡。
下山した後に訪ねてきたかつての戦友・岩沼と協力してミナシロの毛皮などを売却すると、一攫千金の夢を抱いて大陸に渡ったのでした。
一方で祖父である佐七の弔いもせずに美川と争っていたことなどからマタギの村に居づらくなった庄蔵は春になって自分が美川に騙されたことを知ると、殺人さえも厭わない妄執の鬼と化し、後を追って大陸へと渡ったのでした。
かくして革命に揺れるロシアと満州・シベリアに触手を伸ばそうと謀略を張り巡らす日本軍部、現地の山賊など、様々な人物の思いが交錯する地での男たちの静かだが激しい戦いが始まったのでした。


開国以来、列強に追いつき並ぶべく近代化にまい進し、その仕上げに日清日露の戦争を戦い抜いた日本ですが、その後は大きく迷走し始めます。きっかけは中国大陸での利権を巡る混迷に足を踏み入れてしまったことでしょうか。
そんな時代を舞台にしたというのが渋いですね。
著者のあとがきによると、そもそも三八式歩兵銃にスポットを当てるためであり、肝心の太平洋戦争では兵器として古くなりすぎていたので、あえてこの時代を選んだということだそうです。
後のシベリア出兵や満州国建国といった史実へと突き進んでいく、この時代の危うさをひしひしと感じましたね。


序盤が美川とミナシロとの戦い、中盤に武藤予備役大尉の章が挟まって、後半は合流した彼らがシベリアの地でポルシェヴィキの要人救出と逃避行へと続きます。
主に描かれるのが極寒の冬における雪山でのサバイバル。
ほんの不注意で命を落とすような、とてつもなく厳しい環境で男たちが生き抜こうと足掻く様子が淡々と続くのはまことに著者らしいというか。
最後は主人公たる美川が落ち着くべきところに落ち着いたのは良かったです。
庄蔵も自分本位の行動が容赦なくて、悪役として突き抜けていました。
一方で武藤の存在はこの時代の混迷ぶりを見せるという目的があったのでしょうが、主役級だったことがはかえって邪魔に感じてしまいました。