伊坂幸太郎 『ガソリン生活』

ガソリン生活 (朝日文庫)

ガソリン生活 (朝日文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

実のところ、日々、車同士は排出ガスの届く距離で会話している。本作語り手デミオの持ち主・望月家は、母兄姉弟の四人家族(ただし一番大人なのは弟)。兄・良夫がある女性を愛車デミオに乗せた日から物語は始まる。強面の芸能記者。不倫の噂。脅迫と、いじめの影―?大小の謎に、仲良し望月ファミリーは巻き込まれて、さあ大変。凸凹コンビの望月兄弟が巻き込まれたのは元女優とパパラッチの追走事故でした―。謎がひしめく会心の長編ミステリーにして幸福感の結晶たる、チャーミングな家族小説。

母・郁子、人の好い長男で大学生の良夫、高校生で難しい年頃の長女はるか、小学生らしからぬ頭脳明晰で口も達者な次男・亨。
そんな望月家が偶然有名女優を車に乗せたことをきっかけに巻き込まれたトラブルを愛車・緑デミオの視点で綴られる物語です。
名家出身ながら何人かの男性と浮名を流した彼女は記者に追われて逃走中にトンネル内で浮気相手と共ども壁に追突して死亡してしまいます。
それはまるでダイアナ妃を思わせる最期。
死の直前に彼女を乗せたことにより、良夫と亨は記者の取材を受けます。
その際に事故の詳細について可能なかぎり聞き出すのですが、どこか釈然としない点があって・・・。

物語は望月家の人たちをメインとしつつも、車が主であることが大きな特徴ですね。
望月家の隣に住む校長の長年の愛車カローラGT”ザッパ”と緑デミオの会話を始め、配達担当のトラック、はるかの彼氏の車、よく行くファミレスの従業員の車、停めた駐車場はもちろんこと、走行中でも車たちは会話しています。
名の知れた国産車はもちろんのこと、外車やすれ違った緊急車両、それに遮断機の降りた踏切では貨物車両とも言葉を交わします。
どうやら彼ら車両の間ではタイヤの多さが重要であり、電車は尊敬を集めますが、自転車やバイクはタイヤが少ないから言葉が通じない=下に見ている模様。
それに車ならではの言い回しが面白かったです。足ならぬタイヤが地に付かないなど。
もっとも、基本的に運転手に身を委ねているため、盗難にあった時や交通法規無視のような意にそぐわない運転への抗議の声は伝わらず。さらに車を降りてしまって重要な話が聞けないといったもどかしさはありました。車だから仕方ないですけどね。

女優の事故死、はるかの彼氏が巻き込まれた厄介ごと、ATM盗難事件、亨および友人にちょっかいをかけてくる意地悪なクラスメイト……など一見関係ないような別々の出来事がラストに向かって関連付けられながら収束していく流れは見事でした。
人と比べて寿命が短い車ですが、人並みに感情を持ち、運転手に愛着を感じていたり、乗り換える際にその人物のエピソードを知識と引き継いでいくという設定も良かったです。
それでいて、人間並みに法螺を吹いたり、口喧嘩することもあって妙に人間臭いですね。
エピローグはおよそ10年後の望月家。心憎い演出を加えて、きれいにまとまっていて良かったです。

トビー・エメリッヒ 『オーロラの彼方へ』

オーロラの彼方へ (竹書房文庫)

オーロラの彼方へ (竹書房文庫)

内容紹介
刑事ジョンが無線で交信した男はなんと30年前の世界にいる父だった。くしくもその日は消防士の父が殉職する前日。今なら未来を変えられる!だがそれはとんでもない事件の始まりだった。涙がとまらないSF感動作!

1969年、太陽フレアの活発化(太陽嵐)の影響により、ニューヨークでは異常気象によるオーロラが観測されていた。
消防士のニューヨーク市の消防士フランク・サリバンはタンクローリーの横転により発生した事故と火災によって下水道に閉じ込められた作業員を間一髪で救出。
怪我もなく帰宅したフランクは妻のジュリアと”リトル・チーフ”と呼んでいる息子のジョンと暖かなひと時を送ったのでした。
しかし、数日後にフランクは倉庫火災で中に閉じ込められた少女を救おうとして、脱出することができずに殉職してしまったのでした。

1999年、30年前と同じくニューヨークでオーロラが観測された夜。
結婚を約束していた恋人と別れて失意のまま帰宅した警察官のジャックでしたが、遊びに来ていた親友の息子が見つけた無線機に懐かしさを覚えて操作してみます。
偶然、誰かと交信することができたのですが、相手のコールサインは父が使っていたものと同じ。
相手が1969年のワールドシリーズの話をすることや、向こう側で”リトル・チーフ”と呼びかける声からして、もしかしたら生前の父かもしれないと思います。
30年後の息子であることを言っても信じてくれない相手に試合の結果を予言。
そして近々起こる倉庫火災で死ぬことを危惧したジャックは「自分の勘とは逆方向に行け」と伝えるのでした。

その後、猛火に包まれた火災現場でその言葉を思い出したフランクは賭けに出て見事脱出を果たします。
無線機および同じ机に焦がしたメッセージで生きていることを伝えられたのですが、フランクが生還したことで今度は母親ジュリアの運命も変わり、連続看護婦殺人事件の被害者となってしまうのです。
母を救うため、父と子による30年の時を隔てた苦闘が始まったのでした。


過去の出来事の一つを変えて現状を改善したと思ったら、歴史が変わって本来なかったはずの別の悲劇が起こってしまった。
未解決であった連続殺人犯の解決こそが警察官であるジャックの使命でもあるのですが、その鍵を握るのが過去の父であり、ハム無線機でしか連絡が取れないもどかしさが時代を感じさせますね。
卑劣な犯人との追走劇や直接対決。現在と過去とで手に汗を握るスリリングな展開と感動的な結末。
映画のノベライズということもあってか、きれいにまとめられている上に読みやすい作品でした。

映画のノベライズということもあってか、きれいにまとめられている上に読みやすい作品でした。同じタイムパラドックスを扱った映画としては『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が有名です。
本作では実際に過去に行くことはできないけれど、同じ無線機を使うことにより、父と子が30年の時を経て会話できたというのが特徴です。
その背景にはニューヨークでオーロラが観測されたことがきっかけかもしれないと思わせます。
さらに1969年は設立以来どん底の最下位が続いていたニューヨーク・メッツの奇跡的な快進撃により、ワールドシリーズの初優勝を成し遂げた年であり、地元で野球好きな父子にとっては、時間を超越したことの証明にも使われるなど重要な要素となっていて、野球愛が伝わってきます。

垣谷美雨 『女たちの避難所』

女たちの避難所 (新潮文庫)

女たちの避難所 (新潮文庫)

  • 作者:垣谷 美雨
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: 文庫

内容紹介

なして助がった? 流されちまえば良がったのに。3・11のあと、妻たちに突きつけられた現実に迫る長篇小説。乳飲み子を抱える遠乃は舅と義兄と、夫と離婚できずにいた福子は命を助けた少年と、そして出戻りで息子と母の三人暮らしだった渚はひとり避難所へむかった。段ボールの仕切りすらない体育館で、絆を押しつけられ、残された者と環境に押しつぶされる三人の妻。東日本大震災後で露わになった家族の問題と真の再生を描く問題作。

もう9年も前になりますが、東日本大震災津波による災害の様子をテレビやインターネットで見た時の衝撃は強く、今でも鮮明に記憶に残っています。
埼玉県に住み、東京都内に通勤していた私は当日の交通機関麻痺や食料日用品が店先消えたこと、その後の停電といった影響を受けましたが、現地にいた人々にとってはちょっとした判断や運が生死の分かれ目。
大勢の犠牲者が出ただけでなく、住んでいた家を失い、長らく避難所生活を余儀なくされた人も多かったようです。
本作は東日本大震災を元にしたフィクションであり、その中でも3人の既婚女性(離婚も含む)にスポットを当てて、津波の中から生き延びて避難所でどのように過ごしたか、そして人生の再出発を図るようにしたかを克明に綴った作品となります。


一人は福子(55歳)。元保育士で酒屋のパート。
定職に就かない夫に愛想を尽かしながらも別れられずにいて、スーパーに買い出しに来たところで地震に遭遇。
帰る際に車ごと津波に飲み込まれてしまい、必死の思いで脱出して、ある家のバルコニーに辿り着くことができました。
一人住まいの老婆の温情で着替えや飲み水も得られて一息ついたところで冷蔵庫の上に乗って引き潮に流される少年を見つけて救助します。
翌日、親戚の家に引き取られる老婆と別れ、昌也という名の少年と共に近くの小学校の体育館に向かうことになりました。

二人目は渚(40歳)。暴力的な夫と離婚して子連れで出戻ってきたところで母と共に小料理屋を開きました。
ただし、料理屋だけではやっていけず、夜は飲み屋を営業することにしたのですが、それが近所の女性たちに気に入られなかったようで陰口を叩かれていました。
彼女自身は津波に飲み込まれなかったのですが、店に残った母は死亡。小学校にいたはずの息子の安否が不明なまま、必死に探し回ることになります。

三人目は三世帯で住む嫁の遠乃(20代)。乳飲み子の智彦を抱えています。
地震直後に近所に住むママ友と買い出しに行く途中、間一髪で津波の被害を逃れます。
姑だけでなく愛する夫を亡くした遠乃は失意に暮れたまま、避難所にやってきました。
福子をして”白雪姫”と思わせたほどの儚げな美貌を持つ遠乃は避難所でも人目を惹きます。
ただでさえ乳飲み子を抱えている苦労に加えて、昔気質で居丈高に振舞う舅、独身で義兄が何かと言い寄ってくるのに精神が削られていくのでした。


私事となりますが、去年の台風の時にほんの一日だけ市内の中学校の体育館で避難生活を送りました。
一時的ということもあって、広い体育館の中で毛布を敷いただけなのでプライバシーの欠片もない場所でした。
作中では長らく避難所生活を余儀なくされるわけで、最初の頃は飲み物も食事も最低限。着替えも入浴もできず、先の見通しも見えない中で身体と精神が疲弊していく様が伝わってきます。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、人間らしい生活が送れないことによるストレスはかなりのものだと思います。
まして男尊女卑の強い土地柄。非常時でさえ、女は黙って言うことをきけという空気が女たちを苦しめます。
避難所の様子が非常にリアルで、登場人物たちの心情を通して、本当にその場にいるかのような臨場感。
実際に女性の多くがこのような苦しみを味わったのかと思わせるほどでした。

自衛隊やボランティアが駆けつけたり、援助物資が届くようになって、ようやく衣と食が改善されてきた頃。
仕事の有無や仮設住宅への入居問題、それに恵まれている者への嫉妬など、避難者同士の不公平感も露わになってくるのがやりきれなかったですね。

作中では、福子が避難所の新たなリーダーとなり、若者や女性たちの意見を汲んで、生き生きと活動しだすも、自宅で死んだと思っていた夫がひょっこりやってきて彼女を苦しめます。
渚は逆に諦めかけていた息子・昌也が福子と共に生きていたことに喜ぶも、自分の店のためにイジメを受けていたこと、再開された学校にも行かず不登校となったことに落ち込む日々。
遠乃は舅が亡き夫への補償金までも独り占めした挙句、義兄と結ばせて、これからも家に縛り付けようとする。彼女の意思など無視して一家のモノ扱い続けようとすることに絶望します。

3人の身近な男たちは本当にろくでなしばかりなので、そこから逃れて自由になれることを願いたくなります。
なんでも、震災後は離婚件数が増えたとか。
大変な時こそ人間性が露わになるわけで、溜め込んでいた不満が爆発したというのもあるでしょう。
今後も大変でしょうが、少なくとも新天地に飛び出した3人が協力しあって希望の持てそうなエンディングであったのが良かったです。

ホットサンドメーカーを使ってみた

実家にいた頃にホットサンドメーカーはよくお世話になっていました。
中高生時代のおやつか昼食用に作って食べていたものです。
たまに思い出してホームセンターなどで探してみたのですが、これが売ってないんですよね。
今ならネットで探せば数千円、安ければ2000円以内で買えます。
だけど、わざわざお金を出して買うのもなぁと思っていました。
PC関連や書籍のように趣味ならハードルが低いのに、キッチン用品だと思いとどまるのが不思議です。

ところで、普段使っているパン屋さんのポイント(買い上げ200円につき1点)を貯めていまして、何と交換しようかと迷っていたのですね。
本当は独身時代から長年使っているオーブントースターの代わりと思ったのですが、今までのペースからしたらあと2年以上貯め続けて1650点になるまでは待ちきれない。
そこで昨年12月に800点まで貯めたポイントでホットサンドメーカーと交換しました。
マーガレット・クラブ|アンデルセン
年末年始を挟んだので、景品が届いたのは年が明けてからで、使用し始めたのは先週からです。
↓箱の外観。


アウトドアでも活用できるということで、もしかしたらそちらのコーナーに売っていたのかもしれませんね。

↓中身。実家で使っていたのは二つに分けるようになっていましたが、こちらは食パンをそのまま挟むシングルタイプです。

いざ昼食用に作ってみました。
用意したのは、8枚切り食パン2枚(6枚切りでもいいけど厚さがちょうどいい)、マーガリン、ハム(本当はロースハムかサラミが良かったけど、生ハムしかなかった)、スライスチーズ。
実家にいた頃はピザ用ソースをよく使っていましたね。
マヨネーズでもいいかもしれない。

あらかじめパンが接する面にマーガリンを塗る作業がけっこう面倒だったりします。
食パンにハムとチーズを挟んで……

グリルで焼きます。
始めは中でジュワジュワと音がしますが、すぐに静かになります。
気を付けないと焦がすので、様子を見ながら焼きます。
火力が弱いグリルで中火から弱火で両面2分くらいでしょうか。

焼き終えて、こんな感じ。

ナイフでカットしていただきます。
外はカリっとして、中はもちもちしていて美味しかったです。
別々にトーストしたパンで挟むよりも、こうしてホットサンドメーカーで作った方がいい気がしますね。

ホットサンドメーカーを実際に使ってみた感想とか。
・思ったよりも手短に美味しいホットサンドが作れる。ハムチーズだけでなく、いろんな具材を挟んで焼いてみたい。
・両面使いのフライパンとして、パンケーキやワッフル。さらに調べてみればお好み焼きや焼きおにぎり、鯛焼き風、ハッシュドポテトさえ作れるらしい。*1
・注意点として、焼いて開いた状態で取り出しにくくて熱いので、ナイフやフライ返しを使った方がいい。
・デメリットとして、開いた状態で安定しない。
洗うのが面倒くさい。amazonで売っていた物はアタッチメントとなっていて着脱可能なのもあったが、こちらは一体型なので使用後に水に浸けにくい。


結局、時間が無い時はトースターの方が楽ちんなんですよね。
でも、工夫次第でいろんなものが焼けるみたいなので、これからも休日にチャレンジしてみようかと思います。

*1:密封しないので、液体を流し込む際に作り方に注意が必要。

横山信義 『蒼洋の城塞3』

蒼洋の城塞3-英国艦隊参陣 (C★NOVELS)

蒼洋の城塞3-英国艦隊参陣 (C★NOVELS)

内容紹介

第二次珊瑚海海戦に勝利し、豪州の要衝ポート・モレスビーを攻略した日本軍。大きく戦力を落とした米国に対し、山本五十六は早期講和を申し出る。しかし、米国はこれを拒否。モレスビー近海の日本軍補給線への攻撃を続行した。さらに豪州の戦況を受け、ついに英国が対日参戦を決定。最新鋭戦艦「キング・ジョージ五世」「デューク・オブ・ヨーク」を擁する英国M部隊と、「金剛」「榛名」、そして「大和」が激突する――!

鉄壁の守りを誇る皇国を描くシリーズ第3弾。

前巻、第二次珊瑚海海戦における機動部隊同士の海戦にて日本軍が勝利を収めた結果、米軍の稼働空母は0となりました。*1
ポートモレスビーへの補給もなんとか継続されて、やっと航空基地が稼働。
オーストラリア本土への航空・水上攻撃も行われ、連合国からの離脱の可能性も見えてきたところでイギリスはキングジョージ5世級戦艦の2隻、巡洋戦艦正規空母2という強力なM部隊を派遣。
M部隊の役目は本国はオーストラリアを見捨てないというポーズだけでなく、離脱の気配を見せたら恫喝するという裏の使命もあったようです。*2

そして、オーストラリア北東岸をめぐる航空戦はアメリカが距離の関係で零戦が護衛できる時間が充分に取れないことやP-38の投入で一式陸攻の損害が増えてしまいます。
また、ポートモレスビーへの補給船団への攻撃も無視できないほどになるなど、日本が恐れていた消耗戦の状況になっていきます。
日本軍の攻撃先が基地から補給船団へとシフトしたことにより、米軍も護衛空母を繰り出し、ここにきて補給線維持を巡る両軍主力同士の戦いへと発展していくことになっていくのでした。
GF首席参謀・黒島亀人のように「たかが輸送船に空母を」という声もありますが、潜水艦を漸減作戦ではなく通商破壊に使用したり、補給船団護衛の為に海防艦を量産するなど、この世界の日本軍は補給に対する考え方は少しはマシになっているようです。


さて、主力たる空母同士の戦いでは数に勝る日本軍が勝利を収めるも、戦果の割には機体の損害が無視できないほど増えます。
米軍の対空能力の高さや戦闘機を増やして防御に徹するといった作戦もあるのですが、やはり零戦を始めとして日本軍の機体は優秀だが撃たれ弱いというのが大きな原因。
今後は物量を増やして相手に日本軍がどう対応するかが気になるところ。
そして、大規模輸送船団を撃滅するために日本軍は戦艦大和と金剛・榛名を主力とした部隊を派遣。
アメリカの新鋭戦艦は先に急降下爆撃で損傷を受けていたため、M部隊単独で迎え撃つことになります。

いかに新鋭艦であろうとキングジョージ5世級の主砲口径は36cm。
大和を繰り出したことにより勝利は揺るぎないものだと信じていた近藤信竹率いる艦隊司令部。
しかし先手を打たれて不運が重なり、おまけに優勢に戦いを進めていた榛名がダイドー級軽巡による小口径弾の滅多撃ちで損害を喰らうなど思わぬ展開でどうなることやらと。*3
さすがに著者は簡単に日本軍を勝たせませんね。
多くの損害を出しながらも勝利を収めた日本軍は翌日になって残余の航空部隊を繰り出して輸送船団の撃破に成功。
これをもってオーストラリア防衛のためにはるばる駆け付けたイギリスの援軍は主力の半ば以上を喪い、チャーチルに二度目のショックを与えたわけです。*4
今のところ、勝ち続けてはいても、戦争の落としどころが見えません。講和交渉も聞く耳もたないし。
物量に勝る米軍が本格的な反攻に出てくるわけで、攻勢限界に達した日本軍にとっての本当の試練はここから始まるんでしょうな。まさにタイトル回収でしょうか。
開戦からGFを率いていた山本五十六長官の勇退を含めて、いかに持久戦をこなしていくかがみどころとなっていきそうです。

*1:実際はワスプのみ巡洋艦が盾となって魚雷を受けたおかげで生き延びた

*2:ブリカスと言われる所以

*3:以前はブルックリン級でよく見た展開

*4:最初はマレー沖海戦のプリンスオブウェールズ喪失

冲方丁 『戦の国』

戦の国

戦の国

内容(「BOOK」データベースより)

『戦国』―日ノ本が造られた激動の55年を、織田信長上杉謙信明智光秀大谷吉継小早川秀秋豊臣秀頼ら六傑の視点から描く、かつてない連作歴史長編。

織田信長から始まり、豊臣秀頼に終わる戦国時代の人物を取り上げた短編集。
実は全て講談社の『決戦!』シリーズに収録されているため、私自身は半分くらい読んでいたことがありました。
そういうわけで、戦国時代に興味を持つ人ならば、すぐに思い浮かぶ有名な人物・戦を取り上げています。
それでも人物の掘り下げと独特の心情描写があって、飽きることなかったですね。
同じ日本人ではあっても、戦国時代の死生観というのは現代人には理解しづらいもの。
だからこそ、当時の謎はできるかぎり当時の感覚を考えないと理解しにくいのだろうなぁと思ったりしました。


「覇舞謡」 織田信長
桶狭間の戦い直前、あの有名な「敦盛」を謡う信長。
家老の勧める籠城戦など一顧だにせず、湯漬けをかっくらって鎧を付けさせ、単騎で駆け出すところから始まります。
昔は山中の獣道を通っての奇襲説が流布していましたが、近年の研究通りに正面から堂々と今川本陣へと突撃していきます。
圧倒的に劣勢ではあっても、信長がいかに勝ちを取るためにあがいていたか。
今川義元も決して油断してはいなかったが、天候的な不運もあって、信長がすかさずそこを衝いたのが見事だったということでしょう。
その実情が詳細に描かれています。


「五宝の矛」 長尾景虎上杉謙信
守護代・長尾家の当主・晴景は政略を得意とするが病弱で人望があまりなく、弟の景虎は生粋の武人で不敗を誇りました。
大国・越後は長らくまとまりがなく分裂状態であったものの、年の離れた兄弟が阿吽の呼吸で援け合い叛く者を潰して統一していく過程が描かれていきます。
やがて管領職を譲られて上杉と名乗りを改めた政虎(出家してから謙信)は生涯のライバルとなる武田信玄の組織的な戦術にいたく興味を示すようになるのでした。
毘沙門天の生まれ変わりとも称せられる戦の申し子・上杉謙信の独特な世界観が特徴的な作品です。
組織のリーダーとして卓越していた武田謙信に対して、謙信は天才型であったのだなぁと思わせられます。


「純白き鬼札」 明智光秀
朝倉義景のもとに仕えていた、というか燻っていたといってもいい光秀が足利義昭に従って織田家に向かって信長と運命の出会いをするわけです。
信長はおかしな仇名をつける癖があって*1、光秀がキンカンと呼ばれていたことはわりと知られているとは思います。
それは若ハゲかと思っていたのが(光秀は禿げてはいなかった)、諱からのこじつけというのが面白かったですね。
本能寺の変に至るまでの心理描写は独特ですが、変な陰謀論よりも納得がいきました。


「燃ゆる病葉(わくらば)」 大谷吉継
豊臣秀吉にその才能を見出されたものの、今でいうハンセン病にかかって、歩くのも困難になったがその頭脳は鋭敏なままであったという人物。
石田三成の盟友ではあったが、家康の器量を買っていて、最後まで三成を抑えようとするも、その強い覚悟を知ると共に戦うことを決めた。いわば人格者ですね。
そんな彼が関ケ原の戦いに臨んだ際に警戒したのが小早川秀秋の裏切り。
倍以上の軍勢を相手に踏みとどまり、いったんは押し返したものの、他にも裏切り者が出て最後は包囲された中で痛烈な最期を遂げた。
特に捻りはないけど、その生き様だけで物語の主役たる人物です。


「深紅の米」 小早川秀秋
大谷吉継の後に裏切りの張本人・小早川秀秋をもってくるとはなかなかの構成ですね。
秀吉の後継者候補ということで若いうちにもてはやされたものの、秀頼が生まれた後は養子に出されて、早くから酒に溺れた愚物という印象が強いです。
ここでは賢さを隠すことで粛清を逃れるくらいに知恵があり、世の仕組みや人の感情も理解して、早くから家康の大器をわかっていたとしているのが新鮮。
生まれた環境が違っていたら、まったく違う意味で名を遺す人物になっていたかもしれないと思える人物像でした。


「黄金児」 豊臣秀頼
最後を飾るは秀吉の後継者ではあるが、一度も大坂城を出ることもなく亡くなった秀頼。
秀吉とは別の意味で名将の片りんを見せましたが、むしろ若い偉丈夫ということが老い先短く嫡男(秀忠)を信頼しきれない家康にとっては脅威で、滅ぼされる運命にあったというわけです。
大坂城内では淀君を始めとする女性陣に牛耳られていたことが何かと悪い印象で書かれてはいますが、千姫との婚姻など一定の政治力を持っていたという視点が斬新でした。
とはいえ、いくら秀頼が優れていようが、時代の流れと家康の執念の前には才能を発揮することなく城と運命を共にするしかなかったのだろうと思いますね。

*1:子供の幼名もおかしい

まいん 『食い詰め傭兵の幻想奇譚11』

食い詰め傭兵の幻想奇譚11 (HJ NOVELS)

食い詰め傭兵の幻想奇譚11 (HJ NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

各邪神の名前が明らかになり、とある知り合いが邪神関係者であることが判明する。その知り合いとは、ギルドの受付嬢アイヴィ=ブリッジガード。彼女への聞き込みから、シェーナの復活に関する手がかりが手に入り―。これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である。

前巻でマグナと激闘を演じた古代遺跡の一室は邪神の創成を行う装置が置かれており、その銘に刻まれたいた名前を知ることになったロレンたち。
そのうちの一人の姓に覚えがあったため、カッファの街の冒険者ギルドに行って確かめることにしたのですが、目的の人物が逃げ出さないよう目付を頼まれたグーラが派遣したのが色欲の邪神ルクレティア。
しかも眷属を従えて押し寄せたために現地はラピスが吐きそうになるほどの地獄絵図と化していたのでした。
ともかく、当の受付嬢アイヴィ=ブリッジガードからの聞きこみにより、ロレンの中で精神体として同居するシェーナの身体が入手できるかもしれないとのこと。
その施設を利用するにあたり、アイヴィから塩漬けとなっている依頼(音信不通となっている近くの街の調査)も受けることになり、ロレンとラピス、グーラにアイヴィも加わった4人は出立したのでした。


青い砂漠が広がる不思議な光景を見ながら辿り着いた街では門番も宿や店の主人も揃って受け答えがおかしい。
さらに炊事を始めようとしたところで、いつもロレンの肩にひっついているニグが大量の糸を吐き出して、井戸を封じ、宿全体さえ覆ってしまうのでした。
しかも夜中には街の人々が集まると、導かれるように強烈な臭いのする下水路へと入っていってしまったのです。*1
まともなのは外部からやってきた商人や冒険者くらい。
この時点で街全体に異変が生じているの確かです。
その鍵が地下の下水にありそうだということで、いやいやながらもロレンたちは潜ることにします。ラピスが作った消臭アイテムを頼みに。


依頼を受けた先で異変に遭遇→古代遺跡発見→マグナの一味を始めとする厄介な敵と遭遇して戦う→激闘の末にロレンが限界まで力を振り絞る→病院のベッドの上で目覚める。
パターン化しつつありますね。
それでも安定した面白さではありますけど。
それにしても、極めて自己中心的なマグナの行為はもはや迷惑を通り越して公害レベル。街や国が滅んでも一向に気にしないようで、結果的に尻ぬぐいというか、命に係わるほどのしわ寄せを喰らってしまうロレンたちに同情するしかありません。
他に思った点としては、ニグが有能。動物というより魔物の本能?
唯一普通の人間であるロレンが無事なのはニグのおかげでした。
それからロレン自身はシェーナを元に戻してあげたいと思っていますが、エナジードレインの威力を考えると、シェーナと離れるのはいかがなものでしょう。本人も離れたがっていないし。もっとも少女と精神的に繋がっていて、考えがばれてしまうのは男として辛いものがありますが。
ロレンとラピスがさりげなくイチャイチャするのもいいですね。
しかし、別の女性がロレンにちょっかいを出そうとするラピスの怒りが怖い。
ヒドインな上にヤンデレ風味がありそうです。

*1:現代の都市と違い、灯りがない真っ暗闇でもはぐれる者もいない