吉村昭 『海の祭礼』

新装版 海の祭礼 (文春文庫)

新装版 海の祭礼 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

鎖国の日本に一人の青年がたどり着いた……異国人英語教師を通して開国の背景を描く傑作長篇!
ペリー来航5年前の鎖国中の出来事である。日本に憧れたアメリカ人青年ラナルド・マクドナルドが、ボートで単身利尻島に上陸する。その後、長崎の座敷牢に収容された彼から本物の英語を学んだ長崎通詞・森山栄之助は、開国を迫る諸外国との交渉のほぼ全てに関わっていく。彼らの交流を通し、開国に至る日本を描きだす長編歴史小説
ラナルド・マクドナルド(1824~1894)アメリカ北西部の町、フォート・ジョージで、イギリス人の父とアメリカ先住民の首長の娘の間に生まれる。混血としての将来を悲観し、船員となり世界を巡るうち、日本に強くひかれるようになる。ついに決意し、日本近海で漁をする捕鯨船に乗り込み、ボートで利尻島に上陸を果たす。弘化5(1848)年、マクドナルドは24歳であった。

現在では信じられない話ですが、19世紀までは鯨から取れる鯨油を求めて捕鯨が非常に盛んでした。
新興国であるアメリカにとっても重要な産業であり、太平洋岸にまで領土を広げるや、ハワイ諸島を基地として、鯨を追って太平洋を西へと進出。
ついには日本近海にまで捕鯨船が進出するようになっていました。
当時の捕鯨産業は鯨油が主であり、身体の一部のみ使うだけで、肉を始めとしてほとんどを捨てていて、船内で鯨油を取るために大量の薪を使用していました。
遠くからやって来た捕鯨船が欲するのは水、食料、薪など。
ヨーロッパから来る船は東南アジアから中国にかけて基地を開拓していましたが、太平洋を乗り越えてくるアメリカ船にとってはちょうど日本が補給のために絶好の位置にあったというわけですね。
補給のために近寄ることもあれば、船が故障したり難破して島々に上陸することも当然ありました。
当然、江戸幕府が治める日本では鎖国の真っ最中であり、外国船は見つけ次第に打ち払う命令が出ました。*1
その後、列国の事情が知られるにつれて、打払令は撤回されて薪水給与令(天保13年(1842年))が出されて、交渉には応じられないが、穏便に帰す対応になりました。


そんな状況の中で漂流してきた外国人の扱いもできるかぎり丁寧に扱い、外国との唯一の窓口である長崎に送り、オランダ船で国外に出て行かせる方針だったようです。
前半部分の主人公は貿易商に勤めるイギリス人の父と先住民(インディアン)首長の娘との間に生まれたラナルド・マクドナルド。
外見はインディアンの血が濃く出た黒髪黒目であり、独立して間もない初期アメリカ人とは決定的に違う素質を持っていました。
父の命によって学校で学んでいる時に感じた差別、やがて船員となってからは列強国以外の人種を人とは扱うことなく徹底的に踏みにじる様を目にして嫌気がさすようになります。
そんな彼が憧れるようになったのは太平洋の向こうにある日本という国。
想いが強まったマクドナルドは捕鯨船に乗り組み、捕鯨を終えて帰還する前に自主的に舟を降りたのでした。
ボートに乗って辿り着いた先は北海道の利尻島
怪しまれないように漂流者を装い、海辺でアイヌ人に発見されて、島の役人に保護されることとなったのでした。


かなり意外だったのが、役人たちが異国人の保護にずいぶんと気を遣っていたことですね。
脱走はもちろんですが、体調を崩して死亡させることさえ責任問題となるのを恐れていたようです。
問題(異国人の扱い)を大過なくやり過ごすことを最優先として、トラブルとなって責任を取らされる(切腹させられる)ことを何よりも恐れるのが現代の役人気質に通じているような気がします。
彼らにとって幸いなことに念願の日本上陸を果たしたマクドナルドはきわめて従順でした。
蝦夷での取り調べの後、マクドナルドは長崎に送られます。
実は別の捕鯨船の船員たちが18名保護されていたのですが、自ら進んで上陸したマクドナルドとは違って、彼らは不慮の事故により置いて行かれた立場。
言葉が通じないのはほぼ同じであっても、集団ということもあってか、待遇に不満を抱き、大声で騒いだり、時に脱走までしたことで、次第に扱いが厳しくなっていったのでした。
自由に外に出すわけにはいかない待遇とはいえ、従順なマクドナルドには食事などの扱いも良くなったのですが、会話が通じないのは変わらず。
実は当時の日本人では外国語といえばオランダ語
オランダ以外にイギリスも勢力を増してきていると知って英語を学ぼうとしていたのですが、学ぶ相手がオランダ人であったためにオランダ訛りが強く、いざイギリス人・アメリカ人と会話しようとしてもまったく通じなかったのでした。
そんな中で通詞(通訳)の一人がマクドナルドが日本語を書きとって覚えようとしていることを知って驚愕します。
実際のところ、日本に興味を抱いていたマクドナルドは蝦夷にいた頃から日本人と身振り手振りを通じて言葉を覚えようとしていたのでした。
自分たちが苦労して覚えた英語がろくに通じないことにショックを受けていた通詞たちはマクドナルドを師として本当の英語を教えてもらい、代わりに日本語の教授を行うことになったのでした。


外国からの接触が増え始めていた当時、外国語の中でも英語習得を目指していた日本人にとって、マクドナルドによる授業はまさに目からうろこであった様子がよくわかります。
一番弟子で最優秀とも言われた森山栄之助は後にペリーが来航した際に正しく伝わる英語を駆使して通訳を務めるまでになりましたし、船員たちと雑談ができるほどに上達した様子が描かれています。
マクドナルドとの出会いが当時の日本人にとって、どれだけ大きかったのかがよくわかります。
同じく日本語を習い始めたマクドナルドですが、場所が長崎であるために「good」=「良か」などと長崎弁が混じっているのが微笑ましかったです。
ただ、原則として外国人を国内に留めておくことができないため、マクドナルドの滞在はわずか1年ほどであったのが惜しかったですね。
時代的に許されなかったのはやむを得ませんが、事情が許せば特別顧問として迎えて、両国の架け橋になれたかもしれない人物でした。
別の船から上陸したグループは何度も脱走騒ぎを起こしては最後に牢獄入りしたのとは対照的です。
もっとも、帰国した彼らが自分たちの身勝手さを棚に上げて日本人のことを嘘を交えて悪しく伝えたために対日感情が悪くなったのが残念でした。


マクドナルドたちが帰国するまでは開国前の知られざる外国人事情ということで大変面白く読めました。
その後は主にペリー来航による折衝がメインとなります。
物語というよりは歴史書といった硬めの記述でしたね。
すでに東アジアの通商相手は中国が存在していることから、資源に乏しい日本との通商は二の次で、先に述べた通りに第一に捕鯨船基地として利用したかったこと。
各国の事情により、日本への接し方に差があったこと。
意外なことに日本の知識階級は諸国の情勢に通じていたこと、など興味深い事実が多かったです。
日本が鎖国制度に縛られていたことや技術的な遅れなど致命的な点はありましたが、理不尽なほどに強圧的で相手に忖度せず要求を押し通すアメリカとなんとか場を収めてやり過ごすことに終始する日本という構図はこの頃から定められてしまったような感じがして、なんともやりきれない思いを抱いたものです。

*1:異国船打払令1825年(文政8年)

朱川湊人 『無限のビィ』(上・下)

無限のビィ上 (徳間文庫)

無限のビィ上 (徳間文庫)

無限のビィ下 (徳間文庫)

無限のビィ下 (徳間文庫)

内容紹介

歴史的大惨事となった脱線衝突事故から10年。このところ不可解な事件が相次いでいた。女性がカラスに襲われ失明。白昼の凄惨な殺人。不思議な能力(念動力)を持つ小学生・信悟の優しかった女先生も突然豹変し、彼を執拗に付けまわすようになった。いったい何が起きているのか。背後には太古から地球にいた謎の生命体のたくらみが。信悟は圧倒的力を持つ生命体にいかに立ち向かうか。昭和の下町を舞台に描く、直木賞作家渾身のノスタルジックホラー。

舞台は昭和46年の東京の下町・三崎塚。
10年近く前に高架線上にて脱線した貨物列車に普通列車が衝突。乗客たちが線路を歩いて最寄り駅まで行こうとしたところでさらに別の列車が来て、人々を次々に撥ねたことにより百人以上の死者を出す大事故に発展したというのが背景としてあります。
そのモデルとなったのが国鉄戦後五大事故の一つと言われる三河島事故(1962年・昭和37年)であるのでしょう。


主人公は家が食堂「キッチンたちばな」を経営している立花信吾、小学3年生です。
彼には3つ離れた弟の将吾がいるのですが、頭の中が2歳で止まったまま。いわゆる知的障碍児でした。
しかし兄弟仲は非常に良く、いつも信吾は兄として精神的に幼い弟を近所の意地悪な小学生から守ってあげていました。
実は彼には秘密があり、精神を集中すると見えざる手で物を動かすテレキネシス能力を持っていました。
また、母の都子は結婚するまでは近所の医院に勤める看護婦であり、列車衝突事件の夜は昔の職場に手伝いに駆け付けて、次々と重傷者が担ぎ込まれる修羅場を経験しました。
彼女はその時、確実に死んだはずの少年がゆらりと動き出したのを目撃するという経験をしたのですが、幻覚だと思い込むようにしていました。
一方、三崎塚の臨時教師に赴くつもりであった菜美は帰り道のガード下で後を付いてきた少女に触れられた途端に身体を何者かに乗っ取られてしまい、代わりに少女は意識を失ったように倒れ込んでしまったのです。
菜美に乗り移った何者かはそのまま小学校に赴任して信吾のクラスの担任になります。
彼女はこの町で何かを探していたのでした。
菜美の婚約者であった孝治は彼女が突然音信を絶ったことを不審に思い、三崎塚の彼女のアパートを訪ねるのですが、人が変わったような態度で別れを告げられます。
そして、菜美が小学校に赴任してしばらくした頃から、三崎塚では教師が教頭を刺し殺す事件を皮切りに次々と血生臭い事件や事故が発生していくのでした。


その者はビー玉の由来を聞いて、気に入って自称した”ビィ”。
太古の昔から地球に住み、生きとし生ける様々な生物に寄生して、悠久の時を過ごしてきたのでした。
実体を持たないビィは”押す”だけで持ち主の魂を吹き飛ばして体を乗っ取ることができます。吹き飛ばされた魂はどこに行ってしまうのかは知らないし、別の個体に乗り移ると元の体は文字通り魂が抜けて意識がないような状態となってしまう。*1
おまけに手で触れるだけで味方にできるという能力まで持っていました。
一時的にカラスなどの中に入ることもありましたが、元が女性であるようで、女性の体に好んで寄生して暮らしていたようです。
ビィは寄生した人間の体を使って気まぐれに自身や他人を傷つけてみたり、性交させてみたりと、とんでもない行為を繰り返します。
長い歴史を見てきたビィにとって、地球上では高次元の存在であり、格下の生き物がどうなろうと罪悪感など湧きもしません。
まさに人間が動物や虫をいたぶって楽しむのと同じ感覚なんでしょうね。
ビィによる被害が続いて平和だった街が騒がしくなったきたことを人々は変に思っても、その理由にまで至ることなく。
ただ、菜美を諦めきれない孝治は三崎塚に来るたびに違和感を抱き、ビィの残した痕跡に関わってくることになります。


人ではない何者かが街に入り込んでいる、と真っ先に気づいたのが能力者(拝み屋)であるスザク。
身体の中に探し求めていた同族が眠っていると疑われてビィに狙われるようになった信吾。
しかし、ビィによる犯行は証拠が残らないので他人には信じさせることができない。
頼りとしていたスザクや時計屋の主人であるチクタクさんもビィにやられてしまい、信吾の孤独な戦いが始まります。
かろうじてスザクの弟であるリュウや同級生で片想いの相手である比奈子*2と力を合わせていくのですが…。


ノスタルジックホラーと銘打っているだけあって、人らしい感情を持っていながら人を人と思わない行為を繰り返すビィはまさに怪物のよう。
序盤から登場人物がむごい目に遭ったり、あっさり殺されるなど、小学生が主人公の割には無残なシーンが連続していきます。
人でない存在に気づく人はいても解決の目途は立たず、やや陰惨な雰囲気も漂うのですが、それでも惹き込まれていくのがさすがですね。
町の中で怪物が跋扈しているのに親を始めとして大人は信じてくれない。
信吾は悪の侵略者と対峙するヒーローものの当事者のような役割なのですが、現実では正義のヒーローは来てくれない。
ちょっとした力が使えたとしても、小学3年では荷が重すぎるだろうと思っていながら読んでいました。
後半に入り、ビィが種を撒いた差別による町同士の対立が佳境に入って、目が離せない状況の連続となります。
人は自分勝手で、簡単に他者を傷つける愚かな生き物、というビィの主張を裏付けるように些細な火種*3から大規模な争乱へと発展していくのを見ては、虚しく思えるのは確かです。人の歴史を紐解けば、確かに戦争の歴史であったのは事実ですから。
ただ、ビィ自身が求めていたエイは人には別の印象を抱いていました。
エイとビィが人間に対して別々の感性を持つに至ったのは、そのまま人間が合わせ持つ善性と悪性に近いような気がしますね。


ビィが振りまいた悲劇の顛末は詳しく書きませんが、信吾の周囲でもいろいろと明暗が分かれたことに深い感慨を抱きました。
本当の宿主については後半で少しずつ予想がついたものの、信吾のテレキネシスの種明かしはちょっとびっくり。時々現れる猫がいい伏線になっていたんですね。
菜美のことを諦めずに半死半生状態で意思が通じることができた孝治についてはハッピーエンドになったと信じたいです。
一方的な暴力に晒されたリュウについては、まったく運が悪くて可哀そうとしか言いようがありません。
必要に迫られて想いを告げることができた比奈子とは急速に距離が縮まったかに見えて、思いもよらぬ急展開。
かなり問題ある家庭事情が明かされました。
逆に言えば、だからこそ彼女には大人びた女の気配が感じられたのかもしれません。
だけど、聞かされたのが大人ならばともかく、小学生にはどうしようもないでしょう。
普通の子である信吾のためにあえて絶交した比奈子に強さと優しさを感じられました。
それだけに中学に進んだ彼女の足跡には、そうなってしまうのも仕方ないかと思いつつ、同時に非常に残念な想いを抱いたのも確かです。

*1:死にはせず生命活動は維持している

*2:彼女がリュウと会って早々に惹かれていくのを見て複雑な想いを抱いていたが、信吾のせいで狙われる可能性が出てきたのでやむなく打ち明けた

*3:ビィが焚きつけたのもあるが

若竹七海 『依頼人は死んだ』

依頼人は死んだ (文春文庫)

依頼人は死んだ (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

念願の詩集を出版し順風満帆だった婚約者の突然の自殺に苦しむ相場みのり。健診を受けていないのに送られてきたガンの通知に当惑する佐藤まどか。決して手加減をしない女探偵・葉村晶に持つこまれる様々な事件の真相は、少し切なく、少しこわい。構成の妙、トリッキーなエンディングが鮮やかな連作短篇集。

女探偵・葉村晶による短編集。
以前、著者の作品を読んだ時にチョイ役で登場した記憶がありますが、主役となった作品を読むのは初めてです。


「濃紺の悪魔」
雑誌等に登場して、あれよあれよという間にセレブの仲間入りした松島詩織が命を狙われているとのことで護衛をすることになった葉村晶。短い期間でまるでアクション映画なみに次から次へと命を狙われる不自然さに詩織を問い詰める晶ですが…。
初っ端からホラーというか、後味が悪い内容できましたね。
探偵業復帰後の葉村晶が落ち着いているので、あまり感じないですが考えてみれば結構怖いです。
「詩人の死」
葉村晶の友人・相場みのりの夫が自殺をしたのだが、公務員をしながら詩人として出版した書籍の売れ行きも良く、死ぬ理由など考えられなかった。
依頼を受けて調べ始めた葉村晶は彼の父親が巨大建設会社のワンマン社長であることを知り…。
最後に対面した夫の父親がどことなく死の寸前の豊臣秀吉とダブりました。
順風満帆に見えた男の実情のやるせなさと言いますか…。
「たぶん、暑かったから」
オフィスで女性社員が男性社員を刺した事件を調べる葉村晶。
よくある男女の痴情のもつれと片づけたい会社ですが、客観的に見てもそんな仲であったとは思えず。固く口を閉ざす女性社員。彼女を気にする曰くありげな後輩女性。
葉村晶による考察、それに当の女性社員の独白にしても、そうくるか!と驚かされました。この中では一、二を争うほどに気に入った作品です。
「鉄格子の女」
葉村晶はある画家が住んでいた別荘を訪ねる。長方形をした家には不思議な構造とした中庭があって、画家はそこで絵を描いていた。
中でも絶望しきった表情の妻を描いた絵が目を引くのであった。
男女間の歪んだ愛憎劇をテーマにしているといっていいでしょうか。
当人がすでに死んでいて、淡々と語られているのであまり凄惨さは感じないですが。
アヴェ・マリア
住宅地の中にあった教会で老婆が死体で発見され,教会の聖母像フリーマーケットで売られていたという。
珍しく葉村晶ではなく、男性の同僚による視点。
果たして老婆は自殺なのか他殺なのか。他殺だとしたら殺した犯人は?
思わぬ展開とどんでん返しが楽しめた話。
依頼人は死んだ」
葉村晶と共通の友人を持つ佐藤まどかが自殺をした。
まどかの元には癌を告知する封書が市役所から届いていたのだが、普通はそんな連絡が郵便で来るはずがない。悪質な悪戯かと思って葉村晶が調べ始めた矢先の自殺であった。
表題作では特に癖のあるというか、変人とも言える人物が印象的でした。
そんな中で地味な女性による悪巧みを暴いたのが良かったです。
「女探偵の夏休み」
同居している友人・相場みのりに誘われ,海沿いの高台の由緒あるホテルで過ごす。
ホテルを気に入った常連たちが過ごしていた中、ある晩に女性の悲鳴が聞こえて行方不明になった者がいた…。
結末はなんとなくわかったけど、途中で時系列が混乱してわかりづらかったですね。
一見、高級ホテルに集まるセレブたちのように見えて、実情はお寒いかぎりであったというか…。
「わたしの調査に手加減はない」
大学までずっと一緒であったが、結婚後疎遠になり、2年前自殺した元親友が夢に出て来る。ついては彼女が自分に何か伝えたいことがあるのか調べて欲しいとのこと。
女性ならではの友情の裏に隠れた悪意。こういうのは男性には想像しにくいし書けないと思えますね
もっとも、出世競争などに置き換えれば、似たような陰湿な人間模様もあるだろうけど。
「都合のいい地獄」
アヴェ・マリア」事件の後日譚および「濃紺の悪魔」で登場した謎の男が葉村晶に迫る話。
アクション映画なみにジョットコースターのような展開の連続。
ラスボスは元同業者だったというのはいいんだけど、ラストはちょっと微妙だったかなぁ。


全体的にホラーとハードボイルドテイストが光る短編集でした。
自殺というのが鍵となっているでしょうか。
無愛想ながら頼まれたら嫌といえず、不承不承依頼を受ける探偵というのはいいですね。
一女性を主人公とした短編集でまったく男性と恋愛的な絡みというのがないのも珍しいかも。
かといって周りの男性に魅力がないわけじゃなくて、あくまでも良き友人という存在だけなんですよね。
けっこうエグい内容もありますが、主人公が感情を抑え気味なせいか、淡々とした描写が特徴的でした。
ある程度まで考察されるも、真相は闇の中というのもありますが、中には結局何がしたかったのかわかりづらいのも正直ありました。

西澤保彦 『黄金色の祈り』

黄金色の祈り (中公文庫)

黄金色の祈り (中公文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

他人の目を気にし、人をうらやみ、成功することばかり考えている「僕」は、高校卒業後、アメリカの大学に留学するが、いつしか社会から脱落していく。しかし、人生における一発逆転を狙って、ついに小説家デビュー。かつての級友の死を題材に小説を発表するが…作者の実人生を思わせる、青春ミステリ小説。

吹奏楽部に所属していた中学2年生の”僕”は2年になってトランペットのパートを任されるようになったことで奮い立ち、熱心に練習に取り組みます。
それは取り立てて目立つところのない”僕”にとって、とびきりの存在価値でもあるかのように。
そんな中、吹奏楽部では3年女子のアルトサックスが盗まれるという事件が発生。
部長は音楽的才能に溢れるがエキセントリックなところがあって、たびたび問題活動を起こす2年男子(松本。”僕”は”コーちゃん”と呼ぶ)に疑惑を持ちます。
音楽に関する二人の確執に加えて持ち主の女子生徒を巡る三角関係もあるのではないかと想像します。
盗難事件の犯人は見つからいまま、今度は”僕”の使用していたトランペットが盗まれるという事件が起こります。
しかし、今回はなぜかプールの近くに放置されていたのが見つかって、無事戻ってきました。
やはり同一犯なのか? その理由は? なぜ犯人はプール付近に置いておいたのか?
”僕”は一つ上の教子先輩と事件について推理しますが、結局はわからないまま月日は流れます。
やがて先輩たちが引退して、新たに部長を決める際、なんでも機用にこなし、後輩に対しても面倒見が良いつもりでいた”僕”には誰も票を投じることがなくてショックを受けるのでした。


中学校で相次いだ楽器の盗難事件の謎を追いつつ、主人公の挫折と逃避を繰り返しながらの人生を追っていく青春ミステリと銘打った物語です。
プロフィールからすると、著者自身が作家になるまでの半生をなぞっているかのように描かれているかのようです。
同級生がどういうわけか使われなくなっていた旧校舎の屋根裏で死亡していた謎解きもあって、ミステリ要素も大きいですが、真犯人については評価が分かれるところではないでしょうか。*1
精神的に傷つくのを恐れて「自分が評価されないのは〇〇が悪いのだ」と自己欺瞞に走り、他人の瑕疵を眺めて自身を過大評価、それでいながら追いつきようがない他者の才能を妬みつつ、自分が”主役”になれそうな別の分野へと手を出す。
情けないっていったら情けないとは言えましょうが、ごく平凡な少年にとって思春期とはそんなもの。我が身を振り返ってみれば、そんな風に挫折を経験したり、逃げ出してしまう気持ちを理解できちゃうんですよね。
思い描くような”主役”になれなかった青春を描いたという点では、非常に心を抉られる内容であったのは確かです。
”僕”が一番気にしていた他人の目。中でも才能と容姿に恵まれて一番羨んでいたはずの”コーちゃん”が”僕”をどう見ていたかを最後になって明かされてショックを受けるのが無情でありました。


蛇足として、私はハードカバーの単行本を読んだのですが、表紙が内容に全然そぐわないです。
あれだとコメディかと思ってしまいます。
文庫版の表紙の方が雰囲気が出ていて良いですね。

*1:amazonのレビューを見ると、ミステリとしては反則との意見も

有川浩 『植物図鑑』

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。咬みません。躾のできたよい子です―。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所で「狩り」する風変わりな同居生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草”恋愛小説。レシピ付き。

一人暮らしの日々の中でコンビニ・外食が当たり前になって、すっかり寂しい食生活を送るようになっていたOL・さやかがある夜の帰り道、アパートのすぐ前の植え込みで生き倒れていた青年を拾う。
一見無害に見えるイケメンであった彼をついそのまま部屋まであげてしまい、買い置きのカップラーメンを与えたらすごく感謝されてしまうという冒頭です。
翌朝、あり合わせとはいえ、久しぶりに手がかかった朝食をいただいたさやかは彼を手放せなくなってしまいます。
男性は樹(イツキ)という名しか明かさなかったけど、家事万能のスーパー家政夫な上に金銭感覚も締まり過ぎるほどしっかりもの。
生活費を稼ぐためにコンビニの深夜アルバイトを始めた樹とさやかの昼夜逆転同居生活が始まったのでした。
食事を任せ始めてすぐにわかったのが、樹がかなりの植物オタクであること。
それも、道端に生えているような雑草*1一つ一つの名前から、それをどう調理すれば美味しく食べられるかという知識を持っていたのです。
まるで魔法のように樹が作り出す料理に興味を覚えたさやかは樹と共に週末ごとに”狩り”と称し、季節ごとに食べられる植物を探す散歩に出かけるようになったのでした。


若い女性が生き倒れていた男性を部屋に入れてしまうなんて出来事、現実ではありえないと言えばそうなんですが、あとがきにある通りに空から降ってきた少女と少年が出会って物語が始まるくらいだから、女性視点で変わった出会いがあっても良いということ。
アパート暮らしのサラリーマンが家出少女を拾って始まる物語だって、けっこうありますし(健全/アダルト、どちらでも。

何よりも特徴的なのが、樹が披露する料理の数々。
本を開いてすぐに写真が付録としてあって、有名な植物もあれば、名前だけ知っていたもの、見たことあったものはそれなりにありました。
ふきくらいならともかく、そんなのが食べられるとは知らなくて驚きの連続でした。
皮剥きやアク抜きなど、採ってきたばかりの植物にはそれなりの手間はかかりますし、作中でさやかが苦労する様子もあるけど、そういうのも含めて実に楽しそうに描かれていますね。
こういう描写を見てしまうと、自分でもやってみたくなるものです。
野菜って時期によって高いですから、身近なところからコストもかからず調達できるのはいいなぁと思ったり。
しかし、スーパーに並んでいる野菜・果物と違って自分で採集してくる場合、旬の見極めとか下ごしらえとか、知らないとうまくいかないもの。
生えている場所によっては排気ガスの影響とか、人が栽培している可能性もあります。
中には毒もあるので、作中で樹が言っている通り、自信がないかぎり手を出さない方がいいのですよね…。
と、樹による料理にばかり目が行ってしまいますが、一応これは恋愛小説です。
樹にとって、さやかの部屋は一時避難場所。だけど居心地が良すぎるあまりに1年が経とうとしていて…。
冒頭で出て行ってしまった描写がある通り、樹は忽然と消えてしまいます。
同じ会社の男性の誘いにも乗らず、樹が残したノートを参考に狩りに出ては試行錯誤して料理を作る。そうして待ち続けるさやかの様子が切なかったです。




まぁ、最後はハッピーエンドが待っているんですけどね。
最後の話に出てくる女の子が二人の子供かと早合点してしまいましたが、実はキューピッドみたいな存在であり、彼女も樹と似たような子供らしい悩みを持っていて、解決に向かうところで終わったのが微笑ましくて良かったです。

*1:「雑草という名の草はない」という昭和天皇の言葉が引用されている。もともとは植物学者牧野富太郎昭和天皇に言った言葉だという情報もあり

辻村深月 『ツナグ』

ツナグ (新潮文庫)

ツナグ (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

突然死したアイドルに。癌で逝った母に。喧嘩したまま亡くなった親友に。失踪した婚約者に。死者との再会を望むなんて、生者の傲慢かもしれない。間違いかもしれない。でも―喪ったものを取り戻し、生きるために会いにいく。―4つの再会が繋いだ、ある真実。新たな一歩を踏み出す連作長編小説。

ツナグという使者に頼めば、死んでしまった人に会うことができる。
そんな知る人ぞ知る都市伝説のような使者(ツナグ)に仲介を求めた人たちの連作短編集です。
使者(ツナグ)は仲介者であり、会いたいという申し出を当の死者に聞き、受け入れられれば面会が可能になります。
一晩かぎりとはいえ、生きていた時の姿で会えるのです。
ただし、どちらもたった一度しか機会がないのがミソですね。*1


「アイドルの心得」
慣れぬ飲み会に出た際に過呼吸に倒れたところを偶然通りがかった水城サヲリに救われて以来、ファンになった孤独なOL平瀬愛美。
サヲリは元売れっ子キャバ嬢で、飾らないまっすぐな性格、それでいて賢いトークで人気を呼んだアイドルであったが突然死してしまった。愛美はサヲリにお礼を言うために会いたいという。
「長男の心得」
持っていた山を売りたいが権利書の場所を教えてもらおうと母に会うことを願った畠田靖彦。長男として育てられて家を継いだが、優秀な弟や凡庸に見える息子などいろいろと複雑な思いを抱えている。
「親友の心得」
演劇部の仲良しだったのに主役の座を争って以来、ギクシャクしてしまった嵐美砂と御園奈津の二人。
いつも通る下り坂で「あいつが怪我すれば…」という出来心で水を流ししまった美砂。翌日、本当に奈津が自転車が止まることなく車に撥ねられて死んでしまい、謝罪のために会うことを決断するものの…。
「待ち人の心得」
年の離れた若い女の子とふとしたきっかけで出会い、同棲を経て結婚を申し込んだものの、彼女(キラリ)は友人と出かけた旅先で連絡を絶つ。聞けば友人は旅のことを知らなかったという。周囲は捨てられたのだと言うが、本人(土谷功一)だけは待ち続けて7年。ひょっとしたら命を落としているのではと思い…。
「使者の心得」
祖母が入院をきっかけに使者の役目を歩美に譲ることを決意し、正式に引き継ぐまで手伝わせる話。それまでの四話を使者である渋谷歩美の視点で語られる。
正式に引き継いでしまうと、死者に会えなくなってしまうので、それまでに誰に会いたいか決めておけと言うわれ、歩美は幼い頃に亡くした両親を想う。


死者の声を聞くとえいば恐山のイタコが有名で、他には霊能者が死者の霊を降ろすというスピチュアルで胡散臭いイメージがあります。
しかしツナグで対面する死者はまさに生前そのままの姿でちゃんとした会話ができるのが大きな違いです。
四つの物語それぞれに登場する人物もバラバラで、死者と会いたい事情が異なるのがバラエティあって楽しめるのですが、さらに最後に使者である歩美視点で綴られながら彼の事情が明かされるところまで非常に巧い構成であると言えます。
個人的に一番良かったと思うのは「待ち人の心得」ですね。
周りからどれだけ言われようと婚約者を信じ続けてまっていた功一。
自分の死を受け入れさせることで功一を前に進めさせてあげたいキラリ。
悲恋ではあったけど、四つ目の最後を飾るにふさわしい内容でした。
「アイドルの心得」は辛い状況にあったOLがアイドルの存在によって救われるのが良かったし、「長男の心得」では本当は思い遣りがあるのに素直になれないおっさんの内面にほっこりさせられました。
そういった感動的なエピソードとは趣が異なるのが「親友の心得」。
自己の欲求と友情とのバランスの難しさが伝わってくる内容です。
ちょっとしたボタンの掛け違いで友情が壊れてしまうのはよくあること。
生きてさえいれば修復する機会はあるだろうけど、もしも死んでしまい、しかもその原因を自分が作ってしまったとしたら、一生悔いが残ることでしょう。
最後まで我を張ってしまったために後悔に涙した嵐美砂の心情を責めるほど私は人間ができていません。
伝言の解釈は良い方と悪い方のどちらとも取れるのが複雑ですねぇ。どうしても嵐の視点だとネガティブな方に取ってしまいそうですが。
ただ、「使者の心得」にて劇の場面が描かれたのが良かったです。少なくとも嵐は真剣に演じることで親友への手向けにできたのですから。


たった一度しか会えないという理由づけからしてよく考えられているし、夜明けと共に消えていく様子はまさに神秘的であり、本当に今度こそこの世から消えていくことが実感できるのです。
続編が書かれているようで、刊行されていたらぜひ読んでみたいですね。

*1:人生で1カウントなので、死後は別

中山七里 『月光のスティグマ』

月光のスティグマ(新潮文庫)

月光のスティグマ(新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

幼馴染の美人双子、優衣と麻衣。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは―。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する!激愛サバイバル・サスペンス。

主人公・淳平の隣の家に住む優衣と麻衣は一卵性双生児ということで、家族でさえ見間違うほどのそっくりの双子。
しかし、淳平だけはずっと一緒に過ごしてきたせいか、会話さえすればほんの微かな違いで見分けることができていました。
いつも一緒に過ごしていたこともあって、優衣と麻衣は淳平のことを同時に好きになり、淳平は二人に振り回されてばかり。
小学校低学年の頃、秘密の遊び場所である近所の森に不審者が出るから近づかないようにと警告を受けていたのにも関わらず遊びに行った結果、大人の変質者に捕まって悪戯されそうになるのです。
幸いなことに近所の男性が現れて声をかけたことで変質者は逃走したのですが、双子は眉の上に小さな傷をつけられてしまいます。
そんなことがあっても3人の仲の良さは相変わらずだったのですが、幼くて何もできずに震えるばかりであった淳平は二人を護りたいと強い想いを抱くようになります。
やがて優衣と麻衣は誰もが振り返るほどの美少女に成長し、多くの異性の関心を集めますが、誰も寄せ付けることはなく、傍にいるのは淳平のみ。
気が強い麻衣に対して、おとなしくて人を気遣う優衣。
中学生になった淳平が好意を抱いたのは優衣の方で、その想いを通わせることができたのもつかの間、ある晩に麻衣らしき少女が淳平の兄を刺したところを目撃してしまうのでした。
驚きと恐怖のあまりになにもできないまま遁走した淳平は、帰宅しない兄の安否、刺したのは本当に麻衣だったのか?などと悶々としながら寝に入ったところで大地震に見舞われます。
無我夢中になって窓を破って飛び出したものの、家は潰れて寝ていたはずの家族の安否もわからない。
隣宅も同じように潰れていましたが、瓦礫の隙間からかろうじて優衣だけ助け出すことができました。
しかし、火が起こったせいで麻衣まで助け出すこともできずに、怪我した優衣を背負って避難所まで歩いていったのでした。
両親を亡くして独りぼっちになってしまった淳平と優衣はそれぞれの親戚の元に引き取られて離れ離れになってしまいます。
そして15年後、かつての大事な人を護りたいという願いから検察官となった淳平は、上司の極秘命令を受け、ある政治家の金の流れを調べている内に一つのNPO法人に目を付けます。
震災孤児の援助を行っていたるというPO法人ですが、非公式にターゲットとなった政治家が理事に名を連ねていたのでした。
淳平は内偵のためにボランティアとして潜り込みます。
入ったばかりで重要な仕事を割り振られることもないまま過ごしていた淳平ですが、ある日、政治家の秘書として訪れたのが優衣でした。
かつて儚い印象を与えた少女は蛹から羽化して蝶になったかのような美女として淳平の目の前に現れたのでした。ただし、敵対する立場として。


美しい双子の幼馴染と過ごす少年時代。
淳平は思い切り好意を寄せられている上にお医者さんごっこ的な遊びで双子の違いを見つけようとするとか。
なんとも甘酸っぱいというか、背徳的とさえ思うほどの冒頭であり、不思議に惹きこまれるものがありました。
変質者によって付けられた傷痕が淳平の心にも消し去りがたい瑕疵として残るあたりがスティグマ(聖痕)なのだと思わされました。
異性を寄せ付けない双子が淳平だけを特別扱いしたまま中学まで過ごすも、当の淳平が好意を抱いたのは優衣であったから、麻衣のことや、双子に執心を抱いている兄のことなど、今後いったいどうなるのやらとやきもきさせられたものです。


さらに近年起こった二つの大震災がストーリーに大きな影響を与えていますね。
まずは神戸で暮らしていた主人公たちが中学生時代に経験した阪神・淡路大震災
そして15年後に淳平と優衣が再会した後に発生した東日本大震災
その前後の政治的混乱*1を経て、保守政党が政権を奪い返したことで、ターゲットの政治家が幹事長に就任。
それに合わせて、淳平と優衣の関係も劇的に揺れ動きます。
以前読んだ同著者の『総理にされた男』と同じ世界であり、総理や幹事長が同じだったのですね。
私は『総理にされた男』を先に読んだのですが、発表されたのは本作が半年ほど先でした。
果たして構想として近い時期であったのかわかりませんが、あの時の総理の決断によって、現場がこうなっていたのかと思うと感慨深いものがあります。




以下、ネタバレ含む気になった点など。




・検察官となってNPO法人で内偵を始めた淳平の仕事ぶりがどうにもお粗末な感じ。
思い込みで捜査を進めている印象がぬぐい切れなかった。
簡単に身バレしてしまうし、身に着けたIT技術を発揮する間も無かったし。
ターゲットが大物政治家ということで、チームを組んでも良さそうなのに、物語の都合があるとはいえずっと一人で担当していたのが不自然に思えた。
・再会した優衣に惹かれていくのはわかるけど、恋人であった瑤子への淳平の態度はないだろうなぁと思わせるものだった。特に瑤子が世話になった親戚が被災して、そこに彼女が行くというエピソードを知ってしまっては。
・潰れた家から助けだしたのは優衣だと判断したけど、実は麻衣であったかもしれないという疑問はずっとあって、大人となった優衣が中学時代とは違う印象を受けたから余計に戸惑わされた。最後に理由が明らかにされて納得したけれど…。
・↑や淳平の兄の死にも関係するけど、父が亡くなって家計が火の車だからといって、いきなり中学生が援助交際に手を出すものか? 優衣の誰にも言えない汚れた過去を持つ演出にしては強引かと。おとなしい子ほど思いつめたら大胆な行動を取るものかもしれないけれど。
・震災で被害を受けた優衣が震災孤児支援に尽力する政治家に傾倒していったのは充分わかるのだけど、私設秘書となってその裏を知っても同じ想いを抱き続けていられたのだろうかが気になった。男女の仲となって目が曇ってしまったのか?
淳平に問い詰められた優衣の言い訳が苦しく思えた。
・最後の人質事件に関しては劇的すぎる展開でびっくりしたし強引にも思えたのは事実。悲しい結末であったが、もしもテロは発生せず、トラブルの根を引きずったまま無事に帰国しても二人が幸せになれる未来があったのかわからない。


いくつかの謎が提示されて最後に一気に明かされますが、比較的予想できる範囲ではあり、どんでん返しというほどでもありません。
読んでいる最中、そして読み終えた後にも粗が目についたものの、常に先が気になる展開の連続であり、おおいに心を揺さぶられたのは確かです。
敵対する立場にある男女が一時的に結ばれても幸せになることはなく、物語的にはどちらかが死ぬのがきれいな終わり方なのかなぁと。

*1:長らく野党であった革新政党が政権を取るも国民の期待を裏切って醜態を晒した