壬生一郎 『信長の庶子1,2』

信長の庶子 一 清洲同盟と狐の子 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 一 清洲同盟と狐の子 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 二 信正、初陣 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 二 信正、初陣 (ヒストリアノベルズ)

内容(「BOOK」データベースより)

時は戦国。織田信長の長子帯刀は、母の身分が低すぎて家を継げない運命にあった。彼の望みは、家族兄弟仲良くすること、戦乱が早く終わること。『狐』と呼ばれる母直子から摩訶不思議な謎知識を教えられ、織田家や領民たちを助けていく。それはやがて父信長を、昇り竜のごとく天下へと駆け上らせて…!?戦国IFエンタメの決定版!

『信長の庶子』
個人的に『小説家になろう』における完結済の歴史ジャンルの中では最高峰とも言える作品です。
web版完結後、一年以上の年月を経て書籍化されたことはかつての読者として非常に喜ばしいことでして、早速1,2巻を購入してみました。
以下、2巻まとめての感想なので、いつもより長いです。




小説家になろう』の歴史ジャンルでは、いわゆる転生ものが多いです。どちらかと言うと、織田信長豊臣秀吉徳川家康を始めとするメジャーな人物ではなくマイナーな人物が流行りですね。
史実で戦死・処刑・謀殺といった無残に死ぬ運命がわかっているため、幼い内から未来を変える奮闘する。あるいはメジャーな人物の身内に生まれ変わり、サポートに徹して歴史を変えていったり、歴史の流れを速めていく。
本作においても未来知識は出てくるのですが、一般的な転生ものとは一線を画しています。
主人公である織田信正(登場時点では帯刀)は未来からの転生ではありません。
そもそも織田信正村井貞勝の養子ともなったので村井重勝とも)は織田信長の庶長子*1とされている人物です。
しかし、一級史料には記載がないこと、94歳という長寿の割には何をしていたのかほとんど不明なこともあって、実在した人物ではないのではと考えられているようです。
信長の子と言えば信忠・信雄・信孝が有名。付け加えれば秀吉の養子となった秀勝とか美濃・岩村城での攻防で敗れて武田に連れ去られた勝長(信房)くらいでしょうか。
私もこの作品に出会うまで信正のことを知りませんでした。
主人公を語る上で欠かせないのが母である直子の存在です。
直子も後に信長の重臣となる原田直政(塙直政)の妹で信長の側室だとされる人物ですが、信正と同様に実在したかどうかは不明。
生没年不詳ですが、作中では信長より四つ年上としています。
そして、直子こそがこの時代の女性らしからぬ思考と行動力の持ち主で、子である帯刀に大きな影響を与えたことで、なんらかの謎(転生者?)があるのではと思わせているのです。


1巻の内容としては、プロローグと大幅加筆されたラストによって、直子が濃姫と婚約する前の信長と出会い結ばれた末に帯刀が生まれたということになります。
直子の持つ不思議な知識*2と行動、特に肉食や書物狂いといった数々の振る舞いから『狐』と称された女性であり、若き日の信長が興味を惹かれたという。
信長から求められるたびに当時貴重であった書物を取引条件とするなど、当時としては非常識溢れる少女であったそうな。
そうした直子による英才教育(?)を受けた帯刀(信正)は武よりも文の才が磨き上げられて、文字の効率的な習得のために帯刀仮名を始めとした斬新なアイデアを考案・実施します。
それらを信長が取り上げたことにより織田家中で注目を集めるようになっていきます。
もっとも、まだ元服前であった帯刀に知恵を授けていたのは直子であったのですが。
文字を始めとした改革では、それを面白く思わない保守派の大人たちとの対決、特に林秀貞との論戦が熱かったです。
一方、織田家中における家督を継がない庶長子という立場を明確にしつつ、奇妙丸(信忠)を始めとした兄弟姉妹との仲を取り持つ描写が非常に良かったですね。
帯刀のおかげで信雄・信孝には確実に良い影響が出ていきそう。
信雄は馬鹿だけど憎めないしキャラとなっているし、お市とお犬の美人姉も強烈ですね。あの二人に逆らえる弟はいないだろうなぁ(笑)
桶狭間の戦いの前後を含め、まだ尾張国内で一族でさえ敵となる織田家をまとめるために信長が奮闘していた頃は後の有名武将たちも若くてエピソードに困らず、本当に面白いです。


ともかく、史実(俗説も含む)をベースにした丁寧で落ち着きのある文章であり、歴史好きが読むに耐える質の高い内容です。
もちろん、主人公と直子、信長といった主要人物が充分輝いているからというのもあるんですが、1巻ではお馴染み木下藤吉郎(仇名であるサルを美化して斉天大聖と呼んでいる)や主人公と同い年で仲良くなった森可成の嫡男である可隆とのやりとりも物語の面白さを引き立てています。
その一方でラストに大幅書き下ろしとなった「直子の章」で気になったのが、彼女の語った天下統一への道筋が史実の流れとは違っていたことですね。
書籍版に伴い、彼女のエピソードをボリュームアップしたのは良いのですが、あえて別の歴史にする必要があったのか?
直子の神通力からすると、史実のままで良かったんじゃないかなとそこだけ気にかかりました。


2巻では織田信長が美濃を平定。先の将軍義輝の弟・義昭(現時点では義秋)を旗頭にして上洛準備に取り掛かるところから始まります。
京への通り道にあたる北近江に勢力を張る浅井氏の当主・直政には史実通りに信長の妹・お市が嫁入り。
ちなみに主な出来事は史実通りに進んでいますが、一年くらい早まっているようです。
帯刀は上洛作戦前に使者として小谷城へと向かい、磯野員昌との知己を得ます。
しかし、当主である直政との対面は叶わず、代わりに現れたのは隠居した先代の久政。
隠居したとはいえ隠然とした権力を持ち、浅井家の中では親朝倉・反織田派の中心人物である久政との対談は帯刀にとっての試練でもありました。
1巻の林秀貞といい、どうも帯刀の前には癖のあるジジイが立ちはだかるようで。
その後、見聞を広めるために紀伊半島をぐるりと回る旅に出るのですが、そのお供として付くのが前田慶次郎と奥村助右衛門(永福)というコンビ。
かつて慶次郎は帯刀の”師匠”であったらしく振り回されてばかりいます。
その快男児ぶりは『花の慶次』を彷彿させるものであり、道中で弄られる帯刀はたまったもんじゃなりませんが、読む分には楽しいものでした(笑)
続いて、本願寺の本拠となっている大坂の寺内町に入った一行は正体を隠したまま歓待されたり*3松永久秀と対面*4したりと濃い道中を過ごして帰国します。
かつての筆頭家老との舌戦や帯刀仮名の考案、それに母に強要されるようにして書いたコメディ話『ゲン爺物語』が広まったこともあって、各地に帯刀の名が知られていることに驚くのですが、それさえも直子の作戦なんじゃないかなぁって思っちゃいますね。


また、信正はそれまで住んでいた古渡城の正式な城主となって配下が揃うのですが、この面子がなかなか渋い。
かつて浪人時代の木下藤吉郎が仕えていた縁で今川家を見限ってやってきた松下長則・加兵衛(之綱)父子、病弱のために弟(利家)に家督を譲った形にされた前田利久、伊勢の城主であったが織田軍に敗れた後、北畠家の養子となった信雄の計らいで仕えるようになった大宮景連*5、そしてなんと”へいうげもの”古田佐介まで。
歴史上においては脇役だけど、文武がバランス良く揃っていて、これから初陣を迎える若き主君を盛り立てようという意気込みが良いです。


そういうわけで、18歳となった信正が初めての戦に臨むことになるのが2巻後半のメイン。
上洛して足利義昭を15代将軍とした信長は畿内周辺の制圧にかかりますが、三好三人衆を始め敵は多く、不穏な情勢が続きます。
そんな中、信正も老獪な連中に振り回されて己の未熟さを噛みしめながら、一歩ずつ着実に進んでいくその心情が丁寧に描写されているのが特徴と言えましょう。
書きたいことがありすぎてきりがないのですが、2巻で特に強く印象に残るのは初陣での竹中半兵衛との関わり。そのきっかけとなった一人の若者の死。
信正目線による武将たちの印象もなかなかユニークです。
一方で信長の親馬鹿っぷりはやっぱり笑えます。
身内に甘くなったのは尾張統一まで一族と血を血で洗うような戦いを繰り広げてきた反動なんでしょうかね。
さらに重要なのが信正の嫁取り。
自身と同じ立場である信長の庶兄・信広の娘・恭姫と結婚したのですが、年も近くて仲睦まじい様子にほのぼのさせられますね。
実は2巻の特別書き下ろしとして、「恭の章」が追加されています。
元来おとなしくて引っ込み思案であった恭姫にとって、伝え聞く帯刀の逸話はとても心躍らせるものであり、さながら彼女にとっての英雄のような存在になっていったのです。
一度も会ったことのない相手は当たり前。時に年の差がある政略結婚が当たり前の時代。そんな中でずっと憧れていた殿方と結婚できた恭の喜びが充分伝わってくる素晴らしい内容でした。

*1:一番目に生まれたが、母の身分が低いので後継ぎにはならない子

*2:転生者に関しては1巻ラストの書き下ろしで明かされる

*3:実はバレている

*4:案内を務めたのが一向一揆に加担したことで出奔中の本多正信

*5:弓の達人で攻略中の秀吉の太腿を打ちぬいたエピソードが紹介されている

山田宗樹 『人類滅亡小説』

人類滅亡小説

人類滅亡小説

内容(「BOOK」データベースより)

空に浮かぶ雲の中に古代から存在してきた微生物。それらが変異し大量発生、周囲の酸素を吸収するようになった。その雲が自重で地面に落下。その現象が起きた地点は急激な酸欠状態になり、ほとんどの生物が死んでいくという惨状が次次と発生。だがその予測不能な事態に、人間は有効な手立てを何も見いだせないでいた。終末感が漂う時代、人々はいかに生きるのかを選び始める。普段どおりの生活を続ける者、新興宗教に救いを求める者、微かな生存に望みを託す者、いっそ鮮やかな死を望む者、そして―。

ビルの屋上から飛び降りて自殺を図ろうとした女子高生が空を見上げた時、そこには不気味な赤い雲が浮かんでいて、将来的に人類は滅亡するのだと悟ります。
その赤い雲には遥か昔から特殊な微生物が含まれていたのですが、突然変異して高度を下げてきたもの。なんらかのきっかけで地表に落下すると周囲の酸素を急激に吸い込み、あらゆる生き物は酸欠状態になって死に至るという恐ろしい現象が起こるようになったのでした。
時と共に赤い雲は増えていくようになり、人々は落下警報が鳴ったら急いで密閉された室内に避難せざるを得なくなります。
赤い雲の分析も進められましたが、被害を防ぐ有効な手立ては見いだせず、対処はどうしても受け身とならざるをえません。
赤い雲が広がって人類が緩やかに衰退へと向かう中、対応策として考え出したのは地表の酸素が激減しても生きていける人工都市(シールドポリス)構想。
しかし、十万人程度を収容できるシールドポリスをいくら建設しても、中に入れる人はごく一部。*1
どうせ生き残れないのならば、鮮やかな滅亡を迎えることこそが美しいという思想(グレートエンディング)が流行りだします。
それは政治にも波及していき、劇的な政権交代が起こった日本ではシールドポリス計画が停滞を余儀なくされてしまうのでした。


最初に登場する自殺を試みた女子高生とその妹。
この二人の孫の世代まで語られる、人類が滅亡に至るまでの道程を描いた大作です。
赤い雲に関してキーパーソンも登場してずっと研究が続けられるのですが、起伏に乏しい上にどんどん時が過ぎていく中、登場人物も多くてついていくのが大変に思えました。
劇的な展開があって滅亡から救われるというわけでもなく、いくつもの大きな事件を展開しながら、滅亡への流れを紡いでいく感じですね。
前半は姉妹を中心とした人間ドラマ、後半は崩壊へと向かうSFパニック的な要素が強いと言っていいでしょうか。
中盤くらいまでは登場人物の希望や熱意を感じることはあっても、終わりが近づいていくほどに悲劇的な気分が増していくのは免れません。
そういう意味ではタイトルに偽りはありませんでした。
いつかは訪れる人類の終末、それが唐突に訪れると知ってから、営々と積み上げてきた社会の営みが崩壊していく様はなんとも言えない虚しさを感じさせます。
特にそれが10代の少年少女であったり、未来がないのに子を作って良いのか悩む男女など、残りわずか十数年、未来が絶望的な時代に生きる人々の足掻きぶりは強く印象に残りましたね。
結末で文明間の繋がりが描かれたのも伏線の回収だけでなく、想像の余地もロマンもあって良かったと思います。

*1:およそ千人に一人

まいん 『食い詰め傭兵の幻想奇譚9』

食い詰め傭兵の幻想奇譚9 (HJ NOVELS)

食い詰め傭兵の幻想奇譚9 (HJ NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

無事(?)ラピスの実家へとたどり着いたロレンたち。挨拶もそこそこに、魔王からの依頼を受けることになる。依頼とは、火口へある物を投げ込んで破壊するというもの。その投げ込む物には、ロレンと以前因縁が出来たある男が関わっており…。これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である―。

ラピスの母との対面後、謎の騎士と対戦させられたロレン。
その中に入っていたのがラピスの父であったのですが、動きようのないほどに重い全身鎧であり、一計を案じたロレンにより無様に倒されてしまいます。
いったい何がしたかったのかよくわかりません。
どうやら最近魔族領ではある武具が奪われているようで、兜もその一つ。
犯人は魔族領に入った時に襲撃を受けた男のようで。
もっとも重要な物ではなく、倉庫の奥に転がしたまま忘れていた程度なのですが、武具一式を揃えて装備してしまうと面倒なことになるという。
そこで、ロレンたちは最後の一つである兜をある山の火口に放り込んで処分してもらいたいという依頼を受けます。
食料などの物資だけでなく高性能な馬車まで貸し与えれれたのは助かるのですが、問題は処分しにいくのが険しくて岩が剥き出しの高山であること。
さらに山の頂上付近にはエンシェントドラゴンが住み着いているという。
決してドラゴンに刺激を与えないように注意していたロレンたち(ラピスとグーラ)ですが、そんな時に限って邪魔が入るのはお約束。
ロレンたちを襲い、騒ぎを起こしたのは例の男の配下であるダークエルフなのでした。


魔族領にいてもロレンの巻き込まれ体質は相変わらずです。
しかも、その対象が半端ないです。
ドラゴンの中でも最上位のエンシェントドラゴン、それに魔王でさえ扱いに困る謎の剣士なのですから。
本編ではこれから長い付き合いになる剣士はその傲慢ぶりもあって、たいそう憎たらしい印象を受けますね。
しかし、兜以外の武具を揃えたことにより、本気のロレンの打ち込みでさえ片手で弾くほどの化け物っぷりを見せつけます。
まぁ、自衛とはいえ、相手を吐しゃ物まみれにしたり、大事な兜をおしゃかにしちゃうなど、ロレンたちもやらかしていますけどね。
相手が伝説級のエンシェントドラゴンであっても、化け物並みの強さを誇る剣士であっても、ロレンは自分のペースを崩さないし、機転の利くところが格好いい。
それに今回はドラゴンの幼生にも懐かれていたし、人外に好かれる体質も進化していそう。
その一方でラピスやグーラのヒドインぶりも板についてきたなぁとしみじみ思いますよ(笑)

有川浩 『ストーリー・セラー』

内容(「BOOK」データベースより)

小説家と、彼女を支える夫を襲ったあまりにも過酷な運命。極限の決断を求められた彼女は、今まで最高の読者でいてくれた夫のために、物語を紡ぎ続けた―。極上のラブ・ストーリー。「Story Seller」に発表された「Side:A」に、単行本のために書き下ろされた「Side:B」を加えた完全版。

大学の文芸部時代に代表を務める先輩に酷評されて以来、小説家になることは諦めたが、書くこと自体は諦められず、こっそり書き溜めていた小説がひょんなことで会社の同僚に見られてしまい・・・。
小説を読むことは大好きだけど書く才能にはまったく恵まれなかった男性と、書くことが諦めきれなかった女性との出会い。
男は女の小説に魅せられて、一番の読者になれたことを喜ぶだけでなく、その小説を世間に発表することを勧めます。
最初は二の足を踏んだ女ですが、試しに応募してみたところで見事大賞を受賞して、とんとん拍子に売れっ子作家への道を進むことになるのです。
書く才能に恵まれた彼女ですが、家事はあまり得意ではなく。
さらに執筆の関係で夜型生活の方が向いているために会社勤めの夫とは生活時間もずれてしまいます。
そこは妻の仕事第一に考える夫の配慮によって、いといろと甘えさせてもらいながら幸せな結婚生活を送っていました。
しかし、万事が順調とはいかず、売れっ子作家になったことへの嫌がらせがあったり、女の家族にも問題があって・・・。
精神的に追い詰められた彼女の脳は今まで例を見ない奇病に冒されていることがわかったのでした。


「Side:A」がアンソロジーのために書かれた作品で、単行本化に伴って対にするために書き下ろされたのが「Side:B」となります。
作家の妻と小説読みの夫という組み合わせは同じですが、Side:Aで奇病に罹って死に至るのが妻に対し、逆に夫が死病に罹るのがSide:Bとなりますね。
自分が大好きな本を書いた当の本人と恋に落ちて結婚する。
作家の妻としては夫が一番のファンであるだけでなく、生活的にも支えてくれる。
ある意味、読者と作家の理想的な関係といえるでしょうか。
amazonレビューによると、著者本人がモデルになっているらしいというのが頷けるくらい、二人が恋愛関係から結婚までにいたる過程が細やかな上に心情描写も巧くて、たちまち惹き込まれてしまいました。
そこまで心通わせられた夫妻ゆえにパートナーの逃れらない死に対して足掻くさまにも目が離せなくなるのです。
同じ本好きとしては男性の方に感情移入させられてしまうがために、最愛の人を喪うという運命が余計に辛く感じてしまいました。
そういう意味ではSide:Aが満点と言っていいほどに良かったため、Side:Bの方がやや見劣りしてしまった気がします。
Side:Bの方は初めにネタばらし的な会話が入っていたせいで現実感が乏しかったり、夫が完璧すぎるのも少し冷めてしまったのも要因かも。

横山信義 『不屈の海6』

不屈の海6-復活の「大和」 (C・NOVELS)

不屈の海6-復活の「大和」 (C・NOVELS)

内容紹介

日本軍はニューギニアの放棄と引き替えに、米国との海戦に勝利。友軍の救出に成功した。米国は占領したニューギニアを前線基地とし、戦力を結集。フィリピン陥落を目標に定め、日本の息の根を止めんとする。
一方、グアムにも帝国海軍の最強戦力が揃う。その先頭には、奇跡の復活を遂げた戦艦「大和」の姿があった。皇国の存亡を懸けた最終決戦の時。「大和」は自らの借りを返すことができるのか。そして日本軍の仕掛ける、乾坤一擲の秘策とは――?
シリーズ堂々完結!

日本軍の退却後、米軍は西部ニューギニアに大軍を集結させて、フィリピン奪回を目指していました。
ルーズベルト大統領による史上初の四選を賭けた選挙を前にして国民の目にもわかりやすい戦果をあげること。
さらに自国の資源に乏しい日本にとってのウィークポイントを狙った作戦。。
いくら南方資源帯から資源を送ろうにも、途中のフィリピンを押さえられているかぎりは戦力を活かすことができずに立ち枯れていくことが予想されるのです。
唯一不安点があるとしたら、さしもの米軍もこれまでの戦いで将兵の消耗が激しかったため、国力に物を言わせて航空機や艦船を大量に作っても戦力化が追い付かないこと。
主力たる空母の慣熟訓練が間に合わなくて、予定よりも2隻少なかったことです。
それでもエセックス級とインディペンデンスがそれぞれ6隻ずつという巨大艦隊は航空機数で日本と同等か上回ってさえいました。
日本としてはここで負ければそのままずるずると敗戦への道まっしぐら。
勝つのは当然としても、これ以上戦力差が開く前に講和への糸口を得るのが首脳の考えです。
そこで日本軍としては、あえて正面から当たるのでも守りを固めるのでもなく、一計を案じて搦め手から攻めることになったのでした。


実は最終巻と書いてあってびっくりでしたが、濃い密度と迫力ある海戦シーンに溢れた巻であったと言えます。
本シリーズは初っぱなでまさかの戦艦大和が公試運中に奇襲を受けて大破。
戦争中はずっと改修で過ごし、最後になって晴れ舞台をもってきたというのが特徴であり、大和で始まり大和で終わったなという印象でした。
今回は特に史実の日本軍ならば絶対やらないだろうという戦術が多かったのですが、それを言っていたら仮想戦記にはならないので素直に楽しむにかぎります。
ともかく、あえて米軍の補給線を狙った後方への攻撃から始まる一連の作戦はほぼうまくいきかけたところで、ラバウル上陸船団に迫る危機。
旧式戦艦の意地とか艦隊決戦での大和活躍とか見せ場が続きました。
著者の今までのシリーズの中で出番の多い戦艦大和。攻撃防御のスペック的には最強といえども実際の戦いの中では沈没寸前にまで追い込まれたこともありました。
今回は最強戦艦にふさわしい無双ぶりを見せたんじゃなかなって思いますね。
それだけに最後は淋しいながらも納得するしかないのかなって気がします。
残念というか日米休戦前後の様子(特にアメリカ側)がほとんどなくて、孤立無援となったドイツの落日も駆け足であったということでしょうか。
好意的中立で武器生産を担っていたイタリアのムッソリーニが急逝*1したのもドイツにとって不運でした。
ずっとタイミングを窺っていたソ連軍が満を持して攻勢をかけたこともあって、ドイツだけが史実通りに容赦ない亡国の道を進んだということで哀れとしかいいようがありませんでした。
アメリカ、というより傲慢なルーズベルト大統領に対する”ざまぁ”展開があれば少しは溜飲が下げられたのかもしれません。

*1:暗殺の疑いもあった

映画『跳んで埼玉』

ゴールデンウイークとはいえども、なかなか予定が合わない我が家なのですが、4/28だけは私と妻が空いているということもあって、珍しく映画に行くことを考えました。
そうは言っても趣味がまるで別方向なので、どれを選ぶかが難しかったのですが、市内の映画館で上映中一覧の中から「これだ!」と選んだのが『翔んで埼玉』


映画『翔んで埼玉』公式サイト


私も妻も埼玉生まれ。一時期的に別の都県に住んだことはありますが、結婚後も含めてもっとも埼玉県民歴が長いです。
しかも原作が『パタリロ!*1魔夜峰央ということで、そのギャグには期待できそうと思って観に行きました。

解説
人気コミック「パタリロ!」の作者である魔夜峰央の人気漫画を実写映画化。埼玉県民が東京都民から虐げられている架空の世界を舞台に、東京都知事の息子と埼玉出身の転校生の県境を超えたラブストーリーが展開する。『ヒミズ『私の男』などの二階堂ふみと『カーラヌカン』で主要人物を演じたミュージシャンのGACKTが主演を務める。『テルマエ・ロマエ』シリーズなどの武内英樹がメガホンを取った。


あらすじ
東京都民から冷遇され続けてきた埼玉県民は、身を潜めるように暮らしていた。東京都知事の息子で東京屈指の名門校・白鵬堂学院の生徒会長を務める壇ノ浦百美(二階堂ふみ)は、容姿端麗なアメリカ帰りの転校生・麻実麗(GACKT)と出会い、惹(ひ)かれ合う。しかし、麗が埼玉出身であることが発覚し......。
シネマトゥデイ


かつての武蔵国から東京都・神奈川県(一部)という美味しいところを取られて残った搾りかす…。
さすが埼玉県ディスり映画として知られているだけあって、冒頭の説明から飛ばしてましたよ。
埼玉県熊谷市に住む親子三人*2)が娘の結納のために出かけるところから始まります。
延々と畑と田んぼばかり続く一本道を走る車内ではカーラジオからNACK5が流れて、かつて埼玉県民が酷い差別を受けていた時代に埼玉解放を求めて戦った男の伝説が紹介されて、場面が移り変わります。
いわば、現実パートと伝説パートに分けて進行するのです。
これは原作の方が3話で未完という短い内容を補うのと、現実パートでネタを紹介する寸劇を出すためでしょうね。
wikipedia:翔んで埼玉


伝説パートではいかにも少女漫画らしく、まるでフランスあたりの王宮を思わせる白鵬堂学院の外観(白馬が走ってる!)や豪奢な内装。
しかし、同じ東京都民でも住んでいる区や市によって明らかに待遇が分かれているようで。
それでも埼玉と比べるとマシな方。
埼玉県出身で東京都に住む生徒はZクラスという、掘っ建て小屋に寺子屋を思わせる様子。
おまけに女子生徒はモンペを履いているし…。
他県から東京都に入るには通行手形が必要という設定なのですが、どうも東京都および神奈川県とそれ以外の県では100年くらいの断絶があります。
それでも同じ日本かよ!と思えるくらいここまで極端すぎるともう笑うしかないですな。
埼玉臭とか、「口が埼玉になる」とか、埼玉県民を検知(丸さ印が浮かぶ)して取り締まる変な隊員たちとかぶっ飛んだ場面の連続。
極めつけは生徒会長による「埼玉県民にはそのへんの草でも食わせておけ!」との名(迷)言ですよ。
ひたすら冷遇される埼玉県民。田舎者だと評されているのは他の県も同じなのですが、千葉県だけは都知事に阿っているのです。
密かに通行手形の撤廃を狙っているのですが、そうは簡単にいくわけがなく。
東京都知事は神奈川県知事だけと結び、影で埼玉と千葉の対立を煽っているのです。
まぁ確かに両県はライバル視している部分はあるでしょう。
千葉県の大きなアドバンテージとして海があること。
そこで埼玉県では密かに茨城県の沿岸まで地下トンネルを掘っていたのを千葉県民が妨害していたとか(笑)
埼玉県勢と千葉県勢が激突する流れとなって、緒戦に有名人出身地対決となったのも笑えましたね。
私は気づきませんでしたが、埼玉県勢にはふっかちゃん(埼玉県深谷市ゆるキャラ)が出ていたみたいだし、千葉県勢からはふなっしーの声も聞こえました。
現実パートの夫婦も夫が根っからの埼玉県民、妻が千葉県出身ということで、県のネタ(チバラギとか)で言い合いが始まるのも面白かったです。


こう書くといかにもギャグの連続のように見えるのですが、ぶっとんだ設定の割には映画の中で演じる俳優たちはいたって真面目に演じているのが良かったですね。
SF映画と時代劇が混在しているかのような派手な演出は映画ならではということで許せるでしょうか。
ただ、作中でBL(ボーイズラブ)があるとは知らなくて、そこだけはちょっとした衝撃でした。
そういえば『パタリロ!』のコミックでもそういうシーンがあったから、魔夜峰央原作ということでしょうがないかと思いました。
そうであっても個人的にはやっぱり苦手ですが…。事前知識がなくいきなり見てしまった人はびっくりしたんじゃないかなぁ。
主役たる麻実麗と壇ノ浦百美のキスシーンに関しては、百美を演じているのが女性ということで違和感なくて、「作中でも男装していて本当は女子なのでは?」と思ったのですが、本当に男子役だったようで。


確かに埼玉県ディスり映画ではあっても、作中では埼玉を始めとする県ネタが多数散りばめられていて、そういう意味では埼玉県民だからこそ楽しめる映画でもありました。
そもそも埼玉県民は自県の中途半端さや特徴の無さからくる自虐ネタさえ楽しんでしまいますから。
やはりというか、上映としては埼玉県で人気なのも頷けます。*3
あまり肩が凝らずに気楽に楽しめたとも言えましょう。
市内では5/2まで上映ということですが、せっかくのGWなのでもっと延長してもいいくらいじゃないですかね。

*1:子供の頃だけど、アニメを見ていたし単行本も数冊読んだ

*2:父の着ているTシャツは”あついぞ!熊谷”の文字が

*3:日曜午前ということもあって、実際に席も混んでいた

岩井二四三 『絢爛たる奔流』

絢爛たる奔流

絢爛たる奔流

内容紹介

戦国から江戸へ時代が移り変わる慶長年間、京都に「水運の父」と呼ばれた男がいた。豪商・角倉了以は金融業や海外貿易で得た莫大な資金を投じ、京の都をさらなる繁栄に導くため、大堰川高瀬川を開削する大プロジェクトに挑み、江戸幕府の命により、さらに大規模な富士川天竜川にも手を広げる。偉大な了以を支えながらも、自らは書や文芸に親しむ生活に魅力を感じる息子・与一。角倉親子の挑戦の年月を描く、長編歴史時代小説。

角倉了以と人物の名は確か歴史の教科書でも見た憶えがあって、戦国末期~江戸時代初期の商人としては、かの茶屋四郎次郎と同じくらい知名度があるんじゃないかと思います。
しかし、実際にどんなことをした人物かというとはっきりとは憶えてなかったもの。
彼は本業である土倉*1で財を成して、茶屋・後藤と並んで京の三大長者と呼ばれるまでに成功していましたが、ある野望がありました。
それは陸路で馬や人が運ぶしかない京への水運を拓くこと。
その候補として目を付けたのが丹波から流れ込んでいる大堰川*2です。
もともと筏で川下りはされていましたが、実際に下ってみると危険な大岩や瀬が多くあるので、舟でも通れるように整備し、かつ舟を上らせるための綱道も整備しなければならない。
もちろん、舟が使えるようになれば京に流れ込む人・物資が増加するので、その賃料として儲けは見込まれます。
50歳にして天命を知った了以の主導により、角倉の総力をあげた大堰川の水運事業が始まったのでした。


舟を運航する際に障害となって立ちはだかる大岩を取り除いたり、岩壁に綱道を通す難作業。
舟による水運業が始まると仕事を奪われてしまうと店の前で暴れて抗議しようとする馬借の集団。
その他に迫る期限や見積を超えて膨らんでいく工費など、難題がいくつものしかかります。
どちらかというと、陣頭指揮を執る了以よりも、幕府との交渉や店を任された長男の与一の方が裏方で苦労して様子が伺えますね。
大堰川の工事が無事終わったと思えたところで、今度は幕府より甲斐と駿河を結ぶ富士川、続けざまに天竜川に対して同様の工事を行うように命令が下ります。
いずれも距離が長くて難工事が予想されるだけでなく、人口も少ないので儲けが出る前に破産する恐れがあるも、お上からの命とあれば断れるわけもなく・・・。


物を運ぶのは人と馬のみであったこの時代、川を使った水運というのはかなり利便性があるものですが、その工事も人手に頼らざるを得ないわけで、河川の工事もかなり大変で危険であったことが文中から伝わってきます。
いわば近世版プロジェクトXといった内容ですね。
どんな障害が立ち塞がろうが、寿命が尽きるまで天命を果たそうと邁進する了以。
父の暴走が巻き起こす面倒ごとや店の差配だけでなく、難病にかかった娘のことなど苦悩が絶えない与一。
それに加えて現場で工事を指揮する手代たちも様々な苦労に振り回される様子が伝わってきます。
最後の高瀬川(実質、運河)まで、複数の立場でいかに水運業を進めていったかがダイナミックに描かれていて、実に読み応えありました。
政治や戦ばかりでなく、スケールの大きい事業に挑戦した人々の物語というのは時代を超えて心を揺るがすものがあります。
当然、その裏には並々ならぬ苦労もあるわけで、もう一人の主人公である与一の辛苦も非常に印象に残りましたね。

*1:いわゆる金貸し、金融業

*2:現在の表記は桂川